第7話ㅤ到達

 自分が人間だった頃の記憶、それも自分を象るモノがごっそり抜け落ちている――そんな衝撃の事実に気が付いてしまっても、実にさっぱりと切り換える事の出来た自分に苦笑いしかできない。


 いや、まぁ暴れたよ?本能のままに暴れたけど......それだけ。

 たったそれだけの事で、人間だった頃の己と決別できてしまった。

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 完全にこの地獄のような場所での生活と、サソリになった自分に適応してしまったんだなぁと思う。元からこんなだったのか、思考を弄られたのかは全然わからない。

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 ステータスが上がっている事に喜び、スキルが成長している事に喜び、挙句の果てには毒が食べやすくなった事に喜んでいる自分がいのは、もう笑うしかないよね。


 まぁもういいや。


 ヤツらを殺して......その死体から俺でも喰える部分を喰らって......そうして成長していって、この空間に生き残る最後の一匹になってやる。


 未だに虫の身体を喰らう決意ができていない事が元人間って事の最後の砦なんだと思う。そこを吹っ切れればもっと生きやすいと思うけど、まだそこまでの決意も覚悟も出来ていない。本来なら真っ先にここを弄るべきだと思うの。クソ運営さん。



 近いうちにその砦も崩壊するんだろうな......と、半ば確信めいた予感はある。


 それまでは元人間のサソリとして生きていこう。生き抜いていこう。



 疲れきっての寝落ちから目覚めて、自虐、自嘲しながらも、朝飯として毒を食らい、今日の予定に備える。

 腹が減っては戦ができぬし、自分の強化にもなるので仕方ないよね。

 耐性ができたお陰で毒を食べる時は、激辛に強烈な痺れのある山椒がかけてある料理を食べているような感じになっている。


 苦味と渋味、そして変な甘みのある激ヤバな激辛料理......これが正しいかな?

 前は釘、針、ガラスの破片に、刺激物と激辛をミックスさせたとろみのある汁を食わされている感じだったから十分に改善された。



 最低の食レポだと思うけど、これしか言えないんだもん......仕方ないじゃないか。

 石ちゃんですら「まいう~」って言えへんでこんなもん。


 次の進化で味覚が狂わないかなぁ......



 遠い目をしながら人外化が進む事をを心から望むサソリ。


 言ってて悲しくなる望みが叶う事を祈ってレベル上げを頑張ろうか......




 ◆◆◆




 ステがワンランクアップするだけでかなり違うわ。

 絶望案件ばっかりの生活の中での唯一の楽しみ。


 レベル上げを狂ったように頑張る人の気持ちがわかったかもしれない。成長する楽しみ......プライスレス。



 今まで二確だったのが一確になったり、素早かったヤツに手こずらなくなるのが楽しい。



 さて、成長した俺の現在地を確かめよう。


 覚悟しやがれ。



 ――宿敵の姿を確認した瞬間......肢に力を込め、集中力を極限まで高めて襲いかかっていくサソリ。


 急襲する事に成功し、反応が遅れる宿敵ことG。


 この一瞬が命運を分ける。


 逃げ出すのに全力を出したGに鋏での一撃は無理と判断。


 尾に力を込めて【一点集中】を発動。

 射程距離の伸びた【一点集中】とサソリのスピードが合わさり尾の一撃がGに届く。


 この時跳躍しながらの発動を初めて試したのだが、発動による行動不能は動けなくなるだけで、その場で停止する訳ではないと解る。


 空中で行動不能になってしまったので、避けられたら絶望的だった。しかし、尾はしっかりとGに突き刺さり、ついでに毒も注入できた。

 貫通力を上げていたのもよかったのだろう......今までやられっぱなしだったGを仕留める事に成功した――





 っっぶねー......ぶっつけ本番で試したけど、上手くできてよかったぁぁぁ!!


 空中で発動→行動不能→全ての行動がキャンセル→空中で停止→落下になっていたら目も当てられなかった。着地の失敗に目を瞑れば大成功だと思う。


 まだこのステータスだとGは安定して狩れそうにないとわかったのも収穫。



 ............さて、Gの処理どうしよう。コイツに可食部位あるのか?

 ナチュラルにGの一部を食おうと考えている自分はスルーして、そこについて考えてみる。


 ......見れば見るほどグロいし気持ち悪い。フォルム、見た目、パーツ、テカり、全てが気持ち悪い。


 なんでこんな生物生まれてきちゃったの?神の失敗作なの?


 ダメだ......まだ俺は人間でいられるらしい。

 解体して可食部位を探そうとも思えなくてコイツの死体の放置を決める。


 コイツを口にする時は、餓死orコイツを食してでも生き延びるのを望む時の究極の二択を迫られた時だけだ。元人間としての無けなしのプライドは守る。



 ◆◆◆



 それでも腹は減るので、他の毒虫の毒部位を口に捩じ込みながら休憩、そしてまた虫を潰していきレベル上げ。

 それを繰り返し、多分一週間くらいが経過したと思う。


 普段は余り目にしないGも、目にしたら即殺しながら着々と経験値を貯めていって、ようやく今日が終われば進化可能レベルに到達するまで辿り着けた。



 よし、今日も張り切っていこう!!



 しぶといヤツ、倒すのがめんどくさいヤツは、床のシミになっているようなヤツらに比べて、少し経験値が高い気がする。

 なので、今日はそちらをメインに殺っていこうと思っている。

 進化の時に強制的な眠りに就かされるから、なるべく早く終わるに越した事は無いと考えています。



 ◆◆◆



 こういう時に限ってなかなか見付けられないジレンマ。程よい難易度の敵さんかもーん!!


 ......来ませんね。えぇ、わかっていましたとも。


 どっかの大佐が見たのなら、ゴミのようだ!!と表現するような雑魚虫共を踏み潰しながら、経験値的に美味しい虫を探していく。


 今日のお勤めのお陰で、ようやく後1レベルの所まで来たんだ。


 絶対に今日中に進化してやる!!




 ◆◆◆




 結局雑魚虫オンリーを相手取っていたけれど、規定に到達せず......


 なので本日は残業になってしまいました。俺の運の無さが憎い。




 しばらく動き回ったものの、結局発見できず。

 なので、最終手段......テリトリーにしている場所から離れた場所に急遽出張を決意。

欲を出しちゃったけど、イレギュラーな事態だけは起こらないでください。




 エリア移動を開始してすぐに獲物を発見。こんなことならもう少し早く出張していればよかった......


 そう思いつつも標的に近付いていくサソリさん。

 普段見るよりも幾らか丸みを帯びたGらしき虫が、ナメクジと思しきテラテラヌメヌメした生物を捕食していた。


 日本で生活している時に目撃したら泣き叫んで逃げ出してしまいそうな悍ましい光景に、一瞬怯んでしまった。しかし、この地獄で鍛えられたハートを舐めてはいけない。


 食事中の無防備な丸Gの背後にゆっくり近付いていき、【一点集中】に毒を乗せて尾を突き刺した。



 生物は排泄中、食事中、性行為中が特に油断している瞬間らしいけど、虫でも変わらないみたいだね。


 毒に対しての抗体や耐性を持っていても、俺特製の色んな毒の混ざったカクテルを直接摂取すれば、そう長くはないだろ。多分。


 一分程でビクンビクンして地面に倒れ伏した。不思議な色の液体を、口と排泄機関から垂れ流している。


 早く楽にしてやろう。


 そう思って近付いていく。


 傲慢な考えがいけなかったのか、早く経験値を稼ぎたいと気持ちが逸っていたのか......

 まぁ油断していました。学習しねぇな俺は!!


 まだ力を残していた丸Gからの反撃が飛んでくる。


 Gと思っていたソイツだったが、俺が近付いていくと額の辺りから何かを伸ばしてきた。



 お前ェェェェ!!カブトムシだったのかァァァァ!!

 紛らわしいカッコしてんじゃねぇ!!メスに擬態してんじゃねぇよ!!




 反応が遅れて回避不可、多分俺の【一点集中】に似たスキルと判断。

 多分俺にガッツリ突き刺さる。【危機察知】さんが反応してるもの。


 近付いている時に反応して欲しかったよ。多分攻撃をされるまで反応してくれないんだろうねコレ。


 スキルレベルが上がればもう少し変わるのかな?


 余裕そうにしてるけど平気なの?と思うでしょう。

 フハハハハ!大丈夫なんです。


 あってよかった【霞】さん!


 丸Gの最後っ屁をスカしっ屁に変えて、今度こそトドメの一撃を叩き込む。


 あー終わった......レベルを確認してみると、ばっちりMAXまで上がっていた。


 コイツの角は何かの役に立ちそうと考え、鋏で切り落としてから寝床まで戻った。地球の常識で考えてはいけないんだろうけど、ヤツはどうやってこの角を格納していたんだろう。



 道具を使う知能の無いクソ虫共に対して、ある程度のアドバンテージになるかもしれない。丸Gよ、この角は拠点防衛時に使わせてもらうぞ。


 寝床まで戻った俺は、丸Gの角を横に置きウッキウキでメニューを開く。



 さぁ!やってきました!!二度目の進化のお時間です!!

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