18

「それは、離婚するかしないか、ってこと?」


「端的に言えばそうです」


 私は一つため息をつく。


「そうね。私は、もう離婚するしかないかな、と考えてます。一人ならともかく、二人も浮気相手がいたなんて……そんな人は、もうとても信頼できない。一緒には……いられないわ。経済的にも、ピアノ教室とピアニストの出演料ギャラだけで、贅沢しなければ私は十分食べていけるしね」


「そうですか……」なぜか龍崎さんの顔が暗くなる。「お一人になる、ということですね」


「ええ」


「……」


 先ほどまでの雄弁さはどこへ行ってしまったのか。龍崎さんはうつむいて押し黙る。


「どうしたの?」

 

「いえ……松田が、百合子さんのことを、とても美人な方だ、と言っていたので……」


「はぁ?」


 なんでそんな話がここで出てくるのか。さっぱりわからない。


「ええと、龍崎さん、何をおっしゃっているのか、よくわかりませんが」


「あ、すみません!」慌てて龍崎さんがぺこりと頭を下げる。「プライヴェートなお話でした。聞かなかったことにしてください」


 ……。


 ピン、ときた。そうか。そういうことか。


「龍崎さん、あなた……松田さんが好きなのね」


「!……あ……いえ……その……」


 一気に龍崎さんの顔が真っ赤に染まる。図星か。分かりやすい。何か言おうと口をパクパクさせているが、言葉にならないようだ。かわいらしい。自然に私の顔がほころぶ。やっぱり私、この人好きだわ。


「松田さんに自分の気持ち、伝えたの?」


「い、いえ……でも、たぶん、何も言わなくても、私の態度で伝わってると思います」


「あなたも十分魅力的な女性だと思うけど、それでも彼は、何も言ってこないの?」


「彼、昔の恋愛でひどい女に引っかかったらしくて、トラウマがあって……だから……恋愛にはすごく臆病になってしまっているんです。それだけに……彼が美人なんて言うのはめったにない事なんで……」


 やっぱり。私が彼を取っちゃわないか、心配なのね。


「心配しないで。私は松田さんは、アウトオブ眼中」私は安心させるように笑顔を作り、世代差を強調するために、あえて若い人が引くような古い言い方をしてみせた。「彼も私に興味があるようには見えないし。だって、私は彼より干支一回り上なのよ? さすがに厳しいと思うわ。でも、彼もあなたのことはとても優秀だって言ってたし、好ましく思っていることは確かよ。何なら、私が彼との間を取り持ってあげましょうか? おばさんって存在はね、そういうのが大好きな生き物なの」


「え、ええ!?」龍崎さんが目を剝く。「そんな……そこまでは……」


「あはは。遠慮しなくていいのよ。これでもね、教え子と教え子の間を取り持って、結婚させたこともあるんだから。その時は仲人もしたし。あ、でも……離婚しちゃったら、仲人は無理か……」


「……」


 一気に雰囲気が重苦しくなってしまった。それを打ち消すように、私は努めて明るく言う。


「ま、おばさんに任せといて! 仲人は無理でも、キューピッド役にはなれるから!」


「はぁ……」龍崎さんがきまり悪そうに苦笑する。やっかいなことになっちゃったなあ、と、顔に書いてあるようだ。


 そこで私は真顔に戻る。


「それでね、龍崎さん。お仕事の話に戻るけど……まず、『中田 和美』の方を片付けてもらえるかしら。たぶん、彼女は良祐さんに騙されているだけだから、真実を伝えてあげて。それだけで、彼女は打ちのめされると思う」


「そうですね」龍崎さんも顔を引き締める。「私も松田の報告書を見ましたが、下手すればご主人、中田さんから結婚詐欺で訴えられますよ」


「あら、そうなったらそうなったで、面白いかもしれないわね」私は思わず微笑む。「だから、彼女が良祐さんのことを妻帯者と知らなかった、という証拠があったら、もうそれで終わり。慰謝料は彼女からは取らない。というか、取れないわよね」


「そうですね」


「で、もう一人の、『島田 明日香』の方なんだけど……彼女に関して、一つ、相談に乗ってほしいことがあるの」


「はい。なんでしょうか」


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