19

 その日は良祐さんのオフの日。だけど、私は市内のとあるピアノスクール主催のミニコンテストで審査員を務めるため、まる一日留守にする。


 ……と、良祐さんには言っておいた。嘘だ。本当はそんな予定なんかない。


 先日、龍崎さんに、私は以下のような相談をしたのだ。


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「ねえ、龍崎さん。普通、慰謝料の請求とかって、内容証明郵便で相手に通告するものよね」


「ええ、そうです。よくご存じですね」


「私も少しネットで調べたの。ま、これだけ証拠がそろっていれば、間違いなく彼女から慰謝料は取れると思う。でもね、私、それだけではとても気が済まないのよ。あの『島田 明日香』だけは、徹底的に叩きのめしてやりたい。そこでね……私、彼女を罠にかけようと思うの」


「罠、ですか?」


「ええ。録音を聞く限りでは、どうも彼女、私たちが暮らしているマンションで、良祐さんと……その……したい、って思ってるみたい。良祐さんにもそうせがんでいるのよ。まあ、私に対してマウントを取りたいんでしょうね。だから、良祐さんと彼女のオフが重なった時、私が一日留守にすれば……おそらく二人はマンションで……と、思うのよね。で、そこに私が、踏み込む」


「……!」龍崎さんの目が、真ん丸になる。「だ、大丈夫ですか? 浮気現場に直接踏み込むなんて……そうとう精神的にショックを受けますよ?」


「いいの。もうショックは慣れっこ。それよりも、浮気現場を直接抑えれば、もう絶対に言い逃れできない。それに、自分が私の手の中で踊らされていた、って知ったら、彼女もとても屈辱に感じると思うの。ふふふ……やな女でしょ? 私って」


「……い、いえ」龍崎さんが、少し怯えたように首を横に振る。


「でね、その現場に……できればあなたも来て欲しい。やはり当事者以外の第三者の目も必要だと思うし、『島田 明日香』がどれだけ悪あがきするかもわからないからね。もちろん報酬は弾むわ。どうかしら?」


「……わかりました」龍崎さんがうなずく。「その件も、受任いたします」


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 そして、今。


 近くのコンビニの駐車場に停めた私の車の、助手席には龍崎さん。その後ろの席には……松田さんがいて、イヤホンをして受信機とにらめっこしている。


 当初、松田さんを呼ぶつもりはなかった。だけど、龍崎さんから話を聞いた彼が、どうしても現場突入に自分も参加させてくれ、報酬はタダでいいから、と言って聞かなかったのだ。私は驚いたが、そこまで言われたら、彼にも参加してもらわないと、という気持ちになる。


「……始まりましたよ。寝室ですね」松田さんがポツリと言う。彼はあらかじめ、私たちのマンションに盗聴器を仕掛けておいたのだ。


「分かったわ」


 シフトレバーを一速へ。クラッチをジワリとつないで、私は車を発進させる。


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 家のドアを開けた瞬間に、もう島田 明日香の声らしいものが響いてくる。どれだけ大声を出しているんだか。


 抜き足差し足で、私たちは寝室に向かう。島田 明日香の声に加え、ギシギシとベッドがきしむ音も聞こえてきた。


「(いくわよ)」


 私は小声で言い、後ろに続く松田さん、その後ろの龍崎さんを振り返る。二人がうなずいたのを確認し、私は一息に引き戸を開く。


 睦事が発する音声のボリュームが一気に増した、その瞬間、松田さんが中に飛び込んで一眼レフを構え、連写する。フラッシュの光が断続的に情景を白く浮かび上がらせる。


「……!」


 夫婦用のベッドの上。素っ裸で仰向けになっている良祐さんの腰の上に、これまた素っ裸の島田 明日香がまたがっていた。二人はそのまま凍り付いたように動きを止める。あまりの驚きに、声も出ないようだ。


「あなた。これはどういうことなのか、説明してくださる?」


 冷ややかに微笑みながら、私は言った。


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