10
「盗聴マイク!?」
驚いた。
「ええ。超小型のヤツをボタンに仕込みます。それで旦那さんの発言を記録出来ます」
すごい。そんなことができるのか。
「わかりました。あと……私に出来ることは、ありますか?」
「旦那さんの休日の予定を教えて下さい。旦那さんがランニングに出かけたら、尾行します。大体いつも何時頃ランニングされるんですか?」
「そうね……この時期なら、午後3時くらいかしら」
「いつも土日がお休みなんですか?」
「そうとは限らないわね。急患が入ったりすることもあるし……だけど、大体のスケジュールは把握しているので、メールでお伝えしますわ」
「わかりました。もし何か変更があったらすぐにお知らせ下さい。あ、でも共用パソコンやスマホでは送らないで下さいね」
「わかってます。この実家のパソコンだったら、主人は中身を見られませんし、スマホや共用パソコンで使っているメールとは別のアドレスを使いますわ」
「その方が無難ですね。でも……よろしければ、僕との連絡用に別に携帯を用意した方がいいかもしれませんね。格安スマホで結構ですので。そして……ひょっとしたら、旦那さんも同じ事を考えているかもしれません」
「え……どういうことですか?」
「つまり、旦那さんも女性との連絡用に、別に携帯を用意しているかもしれない、ってことです」
「!」
なるほど。確かにその可能性は十分考えられる。
「だから、それとなく旦那さんのバッグとかを調べて、怪しいものがないか探ってみて下さい。もし何かあったら僕に報告して下さい」
「わかりました」
「じゃ、旦那さんのシャツ、お借り出来ますか?」
「ええ。それじゃ……自宅から持ってきますね。10分少々お待ちいただけます?」
「いいですよ」
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次の日。松田さんは再び実家にやってきた。
「もう出来ちゃったんですか!」
私は驚く、というより、呆れる。なんてこの人、仕事が速いんだろう。
「ええ、
松田さんは昨日私が彼に渡した、良祐さんお気に入りのポロシャツを私の目の前で広げてみせる。見た目は何も変わっていない。ボタンの見た目も、元のものと全く同じだ。
「いえ、以前のものと全く区別が付きませんわ」
「そうでしょう。元のボタンとほとんど代わらないものを見つけてきましたからね。この一番上のボタンに、マイクが仕込んであります。で、前立てを通して極細のコードを這わせ、レコーダーが仕込まれている二番目のボタンに接続しました。そしてさらに同じようにコードを延ばして、3番目のボタンに仕込んだ超小型の電池に接続してあります。これで……3時間は録音出来ると思います。行動パターンが把握出来たら、さらに
「カセットコーダー、ですか?」
子供の頃は私もカセットのウォークマンを愛用していたけど、すぐMDに移行したし、どちらも今は全く使っていない。とは言え私は未だにウォークマンユーザーだが、今の私のウォークマンは、メモリーに保存するタイプのデジタルオーディオプレイヤーだ。
「ええ。実は、デジタルデータはねつ造も容易なので、かえってアナログの方が証拠能力が高いこともあるんです。だから僕は、写真を撮るときもデジタル一眼だけじゃなくて、フィルムの古い一眼レフでも撮影していますよ」
松田さんは、得意そうに言った。
そうなのか。
実家にはアナログLPも沢山あるし、レコードプレイヤーもあるけど、もうすっかり埃をかぶってしまっている。どう考えたってアナログは不便だ。音楽を聴くのに、レコードの表面をクリーナーで拭いて埃を取って、ターンテーブルに置いてそれを回し、ストロボスコープで回転数を調べてズレていたら調整して、その後トーンアームを動かして針を落として……なんて、デジタルに慣れてしまったらとても一々やってられない。だから私はすっかりデジタルの信奉者になってしまっているのだが……
確かに、デジタルは0と1の世界だから、ねつ造も難しくはないのだろう。最近はAIを使って、ほとんど本物と見分けのつかないフェイク画像も創れるらしい。そう考えると、こんな風にそれが真実かどうかが非常に重要になる場合は、アナログの方が逆に有利になる、ということなのか。デジタルの利便性が仇となるとは……なんとも皮肉なものだ。
「あ、洗濯する前に持ってきて下さいね」と、松田さん。「ボタンを以前のものに戻しますので。さすがにこのまま洗濯しちゃうとマイクもレコーダーも壊れますから。で、洗濯して乾燥させたら、また仕込みますから持ってきて下さい」
「結構大変ね。費用が……かさまないかしら」
「大丈夫ですよ」松田さんが微笑む。「慣れたもんですから、それほどの手間ではないです。だけど実はこの超小型マイク、こんな風に使うの初めてなんですよ。今回はテストも兼ねてますんで、うまくいかない事もありますから……それに、今回は百合子さんにも色々動いていただかないといけないですし……その分、費用はお引きします」
「商売、お上手ね」私も微笑んでみせる。
「ええ。これが僕の独自性ですからね」松田さんの笑みが、さらに輝いた。
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