16
「まさか……二人同時進行だったとはねえ」
書類のファイルを開いた私は、心の動揺を隠し、落ち着いた態度でため息をついてみせる。
実家の応接室。とりあえず調査が一段落ついたので、それをまとめた書類を松田さんが持ってきてくれたのだ。
「やはり、ショックですか?」
松田さんが首をかしげた。
「まさか。もうね、今さら何があっても驚きゃしないわ。ただ、呆れて物が言えないだけ」
無理矢理笑みを作り、穏やかに応える。もちろん本心は全く穏やかじゃない。だが、確かに私は呆れていた。
レスが続いていたのは良祐さんが衰えたからでは全くなかった。ただ、私にその情熱を向ける余裕がなくなったか、単純に私に飽きてしまったのだろう。いずれにせよ屈辱的なことには相違ない、が……
悔しいことに、この二人とも私にない魅力を備えているように見える。まず、私がとうに失ってしまった若さ。二人はそれを存分に持ち合わせている。そして、二人の胸は共にはち切れそうに膨らんでいる。
「それで、こちらの『中田 和美』の方なんですけどね」松田さんがもう一つのファイルをめくりながら言う。「一年前に患者の立場で旦那さん……いや、良祐さんと出会って、こういう関係になったようなんです。んで、彼女、どうも、本気で良祐さんと結婚を考えているみたいで……彼が妻帯者だとは気づいてないような感じなんですよね。中学の英語教師で、真面目な人みたいですから」
「そう……だとしても、不倫は不倫だからね。一応内容証明は送っておくわ。こちらの『島田 明日香』の方は……正しい使い方じゃないけど、『確信犯』ね」
「ええ。そりゃ同じ病院に勤める看護師ですからねえ。旦那さんの個人的事情もよく知ってるでしょう。録音もお聞きになったかと思いますけど、間違いないですよ」
「そうね……『あんなババアとは早く別れてよ』って……思いっきり言ってたわね……」
今の私の顔は、憎悪で醜く歪んでいるのだろう。松田さんの顔が少し引きつっていた。
「ありがと、松田さん」私は気を取り直したように笑顔を作る。「さすが、評判通りのお仕事ぶりね。写真も鮮明だし、これで証拠は十分揃ったから、あとは弁護士に任せるわ。報酬の残金は明日にでも振り込みます。ご苦労様でした」
「はい。くれぐれも、お気を落とさずに」
松田さんがソファから立ち上がり、歩き出そうとして……すぐに足を止める。
「ああ、そうそう、忘れてました」
「え?」
彼はカバンから、A4の書類の入った封筒を取り出した。
「これは本件とは直接関係ないのですが、よろしければご参考までに」
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