第7話:美玲のお見舞い

 三島惟幾みしまこれちかが保健室で寝ている頃。彼の様子を内心心配する教師がいた。その教師は美玲だった。


(三島君、大丈夫かしら)


 口には出さないが、美玲は三島の事を心底好いていた。好きだからこそイジめるのだ。好きじゃないとあんなにイジめない。


 職員室にて。

 ソワソワとする美玲。

 三島のお見舞いをしに保健室にて行くのは簡単だ。だけれども、保健室にはあの忌まわしき洋子がいる。

 彼を心配しに行ったら、確実にからかわれるだろう。そんなのは美玲のプライドが許さなかった。


 ――だけれども。


「はぁ、考えてもしょうがないか」


 ウジウジ考えるのは好きじゃない。

 美玲はしたいと思ったらすぐに行動に移す女だった。だから、彼女の行動は早かった。

 持ち前のスキルでひとしきり仕事を終わらせると、職員室を後にした。全ては愛する三島の為に……。


※※※


「失礼するわ」


 美玲が保健室にて入ると。

 洋子がベッド近くに椅子を置いて腰掛け、ぼんやりとそこで眠る生徒を眺めていた。その生徒は三島惟幾だった。


「あら、美玲先生」

「勘違いしないで頂戴、私は――」


 とっさに美玲は言い訳をしようとした。

 別に三島の事が好きだから、心配だから来たんじゃない、と。嘘を言おうとした。

 洋子は全てお見通しだった。だから美玲の言葉を遮り、こう言う。


「大丈夫ですよ。全部分かってますから」

「っ、違うの、違うから……」

「あなたがそう仰るのでしたら、そういう事でも構いませんが……本当は彼が心配で来たのでしょ……?」

「……」


 この女に言い訳は通用しないと。

 何となく察した美玲は、うつむき。

 やがて頬を朱色に染め、一言。


「誰にも言わないで」

「言いませんよ。それに、私だってお互い様ですもの」

「アンタも、なの……?」

「……ええ。彼が好きよ。多分、そういう好きなんだと思う。笑ってしまいますよね、四十も前半のオバサンが、高校生の男の子に惚れるだなんて……」

「……それ、私もダメージ負うから」

「ふふ、そうでしたね」


 しばし無言になる二人。

 視線の先にいるのはスヤスヤと寝る三島惟幾。可愛らしい寝顔で、見ていると自然に笑顔になる。


「私達、ダメな大人ですね」

「……そうね」

「マトモな恋なんて、もうしないと思っていたのに、本当に不思議」

「ええ、本当に」


 洋子や美玲は分かっていた。

 この恋は実らないと。実ってはいけないと。だけれども、身体の奥底に眠っていた熟した恋の実は、確実に二人の判断を鈍らせていく。濡れそぼった女の一部が、キュンキュンと喘ぐのだ。そうなるともう、止まらない。


「アンタ、もう止まる気はないわよね」

「……多分」

「そう、なら私も止まらないわ。この子のほうから私を求めてくるくらい、夢中にさせるから……」

「あら、イジめる事でしか愛情表現出来ないかたに、果たして彼の心を射止める事が出来るでしょうかね」

「あら、知らないの? 彼って意外とマゾっけがあるのよ。優しくする事でしか愛せないアンタには、彼をトリコにする事なんて無理ね」


 静かにお互い睨み合い。

 そして糸が切れたように。


「……でも今は」

「ええ、やる事があるわね」


 洋子はベッド近くの椅子に腰掛けながら。

 美玲は立ち上がったまま。

 三島の身体をなでなでする。

 ふと、美玲が悪戯そうな顔で三島に言う。


「誇っていいわよ、ここまで私を夢中にさせた男は、四十数年の人生でアナタだけなんだから……」


 今なお眠る三島の顔を見て。

 洋子と美玲は自然と笑顔になるのだった。

 三島惟幾が起きたのは、それから30分後の出来事だったという。


 


 

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