第4話:明穂先生とお菓子パーティー

惟幾これちか君、元気かな)


 理科教師の明穂あきほは化学準備室で一人、そんな事を考えていた。

 この教室は明穂にとっての職員室だ。

 周りの教師と群れるのがあまり好きではない彼女は、ここで仕事をしたり、好きな実験をして過ごしている。勝手に設置した冷蔵庫にはお菓子やジュースが沢山入っている。


 明穂は三島の事が好きだった。

 こんな変わり者にも優しく接してくれる彼に、いつしか特別な感情を持つようになっていった。だけれども、明穂は恋をした事がない。だからこの感情が恋なのか、なんなのかイマイチよく分からなかった。


(何故だ。何故あの少年のことを考えると胸が締まるような思いがするのか……)


 明穂には何も分からなかった。

 いや、一つだけ分かる事があった。

 それは、『三島惟幾と話していると胸がぽかぽかする』という事。だから彼と色んな話をして、盛り上がりたい。その為なら大事に取っておいたイチゴのショートケーキをあげてもいい。


(今日も会えるだろうか)


 三島の事を考えると頬が緩む。

 明穂は室内にある手鏡に自分を映し。

 まるで無垢な乙女のように髪の毛や服装を整えるのだった。全ては愛する三島の為に。


※※※


 買ってしまった。

 今日発売の新商品。

 その名も「すっぱクッキー」

 本来クッキーは甘い。だけどこのクッキーには梅の味がほんのり含まれており、クッキーなのに甘酸っぱいのだ。……ふふ、絶対美味しいやつだコレ!


 さっそく食べよう。

 今は学校だから、放課後にどこかで。

 どこがいいかなぁ。お菓子を食べても見つからずに過ごせる場所……。

 ハッと思い付いた。この前明穂先生と一緒に過ごした化学室……の隣の化学準備室。

 あそこなら人に見つからずにお菓子が食べられるだろう。よぉし、さっそく放課後に行ってみよう!


 ルンルン気分でボク三島は一日を過ごすのだった。


※※※


「せんせー、いますか?」


 化学準備室のドアをノックして。

 中に入るボク。

 明穂先生が出迎えてくれる。


「やぁ、少年」

「こんにちは、明穂先生」

「う、うむ。まあ座りなさい」

「はーい」


 近くの椅子に座る。

 化学準備室は物が雑多にあり。

 ほんのり薬品の匂いがした。

 だけど、ボクはこの匂いが意外と好きだ。

 この匂いを嗅ぐと、明穂先生を思い出して。何だか安心するから。


「せんせー、コレ見てください」

「お、なんだなんだ?」

「ジャジャーン、すっぱクッキー!」

「なんだこれは! 美味しそう!」


 明穂先生は興奮した様子で。

 すっぱクッキーに釘付けになる。

 ボクは威張るようにふふんと鼻を鳴らし、こう言った。


「今日発売の新商品なんですよー。いいでしょいいでしょ」

「あ、ああ……スゴくいいっ。食べたいぞ」

「ふふ、ちょっとだけなら食べていいですよ? その代わり、先生も何か下さい」


 いわゆる等価交換ってやつだ。

 先生は色んなお菓子を持ってるから、何をくれるか楽しみ!


「そうだなぁ。じゃあ、このチョコクッキーをあげよう」

「わぁい、美味しいやつだ」

「あ、あとこれもっ」

「えっ、これっ、ケーキ?」


 明穂先生がくれたのは美味しそうなイチゴのショートケーキ。た、確かにケーキは好きだけど、いいのかなぁ。


「食べていいんですか? その、こんな高価なの……」

「なに、平気さ。なにせ私は独り身だからな、誰かにおすそ分けしないと金が余るのさ」

「そ、そういうもんですか」


 よく分からないけど。

 先生がくれるって言ってるんだからいいよね。後で文句言われてもしーらないっ。いただきまーすっ!


 ボクはお皿に乗ったショートケーキを食べる。柔らかいスポンジはすんなりスプーンで割る事が出来た。まずは一口……。


「んっ、おいし」

「そ、そうかっ、美味しいか」

「ふわふわで、甘くて美味しいですっ」

「ふふ、そうかそうか。あ、コーヒーも入れようか」


 どこからかコーヒーを持ってきた明穂先生。マグカップに注がれ、とぷとぷ揺れているコーヒー(ブラック)を一口飲んでみる。ショートケーキで甘くなった口の中をほんのりとした苦味が上書きしてくれて。とっても美味しい。


「せんせー、おいしい」

「そ、そうか。えへへ、惟幾これちか君は可愛いなぁ」

「可愛いって、ボクもう高校生ですよー?」

「十分可愛いさ。私にとっては、ね」

「むぅ、そうなんですか」


 先生にとってはボクなんてまだまだ子供なんだろうな。あーあ、早く大人になりたい。大人になって、モテモテライフを送りたいよ!


「む、このすっぱクッキー、なかなか美味だぞ」

「ホント? ボクも食べてみます」


 すっぱクッキーを一口いただく。

 最初に甘みが来て、次に酸味がやってくる。甘酸っぱい味だ。これはクセになる。


「これ、おいしい!」

「良かったなぁ」

「新商品だからかなぁ」

「新商品でも不味いのはあるぞ。きっと、惟幾君はセンスがいいのだよ」

「そ、そですかね。えへへ」


 明穂先生は頬ずえをつきながら。

 幸せそうな顔で微笑んでいる。

 茶髪ポニテがユラユラと揺れている。

 なんか今日の明穂先生は可愛いな。


「ねぇ、先生」

「んー?」

「先生は好きな人とかいないんですか?」

「……うーん」


 困った表情をする明穂先生。

 変な質問しちゃったかな。


「ご、ごめんなさい。変な事聞いちゃって」

「い、いや、大丈夫だ。私はただ……」

「ただ?」


 明穂先生は少し間を置いて。


「分からないのだよ」

「分からない」

「うむ、それが恋なのか、その人の事が好きなのか、好きでいいのか、彼が私の事をどう思っているか……何も、何も分からなくて」


 先生がこんなに困ってるの初めて見た。

 ボク、力になりたい。いつも先生には良くしてもらっているし。


 そう思ったボクは先生にこう言う。


「先生はその人の事を思うとどうなるの?」

「どうって、こう、胸がギューってなる」

「それって恋ですよ。完全に恋です」

「そ、そうなのか。これが恋……」


 興味深そうに胸に手を置く明穂先生。

 先生も色々悩んでるんだな。

 さらに励ます為に、ボクはもう一言。


「先生ならきっと上手くいきますよ。先生可愛いし」

「かわっ、はわわっ」

「? どうしました……?」

「な、なんでもない。……そうか、可愛いか……私がっ、えへへ」


 頬を朱色に染め。

 恥ずかしがる明穂先生。

 やがて上目遣いでボクを見て。


「もう一回言ってくれ」

「え?」

「もう一回、可愛いって言ってくれっ」

「? はぁ、先生は可愛いですよ」

「〜〜〜っ♡ ふ、ふふ……」


 明穂先生はニヤニヤと笑い。

 ボクのすっぱクッキーを食べるのだった。

 やっぱり先生は変わった人だなぁ。

 

 

 






  

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