第3話:数学教師の美玲先生はサディスティック

「あの子、また成績落ちてる」


 「ムカつく」と美玲は思った。

 自分の完璧な授業を受けておいて、赤点ギリギリの点数を取るだなんて。

 美玲の教師としてのプライドが許せないのだ。だからあの生徒――三島惟幾みしまこれちかに特別授業を行う。

 

 最初は教師としてやらねば、という気持ちからだった。だけれども、美玲が厳しく指導する度に目にいっぱい涙を溜め、ずぶ濡れの子犬のように震える三島の様子を見て、次第に美玲は彼に特別な感情を持つようになった。


(あの怯えた顔……ほんっとクセになる♡)


 美玲は昔からサド気質のある女だった。

 元カレにもそういうプレイをしていたこともあるし、自分自身男をイジめるのは嫌いじゃない。そんな性格が災いして今は独身なのだが。


(今日もイジめてしまおうかしら……♡)


 サディスティックな笑みを浮かべ。

 その場を後にする美玲だった。


※※※


 やっとお昼だ!

 今日のお弁当はタコさんウインナーに、卵焼き、それから昨日から作っておいたポテサラなどだ。ボク、ポテサラ大好きだから楽しみー。


 お弁当を取りに行こうと席を立つ。

 ボクの気分は最高に高まっている。

 まさにルンルン気分だ。

 やほほーい、誰も今のボクを止められないぞ!


「三島君」


 その時。

 心臓が凍るほど冷たい声がした。

 ゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは美玲先生だった。

 気の強そうな中華系の顔。

 すごく美人だけど、今は恐怖でしかない。

 デコ出しボブの青髪は今日もホコリひとつ付いておらず、キレイに整っていた。

 そんな美玲先生は相変わらず冷めきった声で、こう言う。


「アナタ、今日の小テストの結果、かなり悪いわよ」

「えっ、もう採点したんですか」


 ボクがそう言うと。

 美玲先生はキッと睨みつけ。


「うるさいわね。口答えしないで頂戴」

「ひっ、ずみまぜんっ」

「……はぁ、まあいいわ。それでね、今日もアナタに個人授業したげる。ほら、さっさと行くわよ」

「ま、待ってくださいっ、まだお昼も食べてなくて」

「そんなの授業受けながら食べればいいじゃない」

「そんなムチャクチャなぁ……」


 ボクがそう不満を言うと。

 美玲先生は今日一番の怖い声で。


「も ん く あ ん の か ♡」

「ひっっ、ごめんなさいっ」

「……ふ、ふふ♡ アナタってホントに……」

「な、なんですか」

「何でもないわ。ほら、行くわよ」

「あっ……」


 美玲先生がボクの手を取る。

 あんなに冷たい口調なのに、顔も怖いのに。手はすっごく温かくて。

 少しだけ、ほんの少しだけドキリとしてしまうのだった。


※※※


「ほら、また間違えた。何度も言わせないで頂戴。ここに書いている通りの公式を使うの。暗算なんかどうせ出来ないんだから」

「うぅ、ごめんなさいっ」


 数学教室にて。

 ボクは美玲先生の個人授業を受ける。

 相変わらず先生は厳しくて、言いかたもキツいけど、教えかたは上手いので少しずつボクは問題を理解出来るようになっていった。


「あの、先生……」

「何かしら」

「お腹、空いちゃって……えと」


 もうお腹ぺこぺこ!

 一刻も早くポテサラを食べないと、倒れてしまう。

 だからボクは美玲先生に上目遣いでオネダリをした。特に意味はない。必死だったんだボクは。


「っっ、ふ、ふふ……何、その顔……♡ はぁぁ♡ その顔、反則過ぎよ……♡」


 何だかよく分からないけど。

 美玲先生は目をキュッと細め。

 嗜虐的な笑みを浮かべそう言った。

 

「先生……? あの、お昼食べていいですか?」

「……いいわよ」

「わ、わぁい。じゃあ一回勉強は中止して……」

「何言ってるの。勝手にペンから手を離さないで頂戴」

「えっ、でもお昼食べていいって……」


 まるでそれが当たり前かのような口調で。

 普通の事を言っているような顔で。

 美玲先生はこう言うのだった。


「私が食べさせたげる」

「……え?」

「耳が悪いのかしら。私がアナタに食べさせたげるって言ってるの。アナタはプリントを続けなさい」

「ボ、ボク――」

「口答えするな♡」

「ひっ、わ、わかりました」


 美玲先生はボクのお弁当を開けると。

 箸でタコさんウインナーをつまんだ。

 何だかボクにはタコさんが泣いているように見えた。


「ほら、口を開けなさい」

「うぅ、せんせぇ」

「あ?♡ 何その顔♡ そそられちゃうわね……♡ ほら、口開けろ♡」

「ひぃっ……食べますからぁ……むぐっ」


 パクッ、と。

 やや強引にタコさんウインナーを口に入れられる。美味しいはずのタコさんウインナーは恐怖でなんの味もしない。


「手、止まってるわよ。ほら、早く書け♡」

「ひぃ、カキカキしますから許して」


 止まる事は許されないようだ。

 しかも問題を間違えると美玲先生にまた叱られてしまうので、滅茶苦茶神経を使う。1問1問に集中して、ミスをしないように細心の注意をする。


「次はポテサラね。ほら、口開けて」

「ポテサラぁ」

「何よ、なんか不満なの」

「うぅ、何でもありませぇん。うぅ……」


 今日の楽しみだったポテサラ!

 ゆっくり味わって食べたかったのに。

 そんなボクの考えなんて聞いてくれそうにない美玲先生は、ポテサラを箸で摘む。


「ほら、あ〜ん♡」

「ひっ、あ、あーん……んぐっ」


 ポテサラが口に入る。

 美味しい、よな……? あれ、ポテサラの味がしない。目から伝った涙の味しか感じないよ……! こんなの最悪と言わずになんと言えばいいのか。


 ボクが黙っていると。

 美玲先生が高圧的な声で。


「美味しいって言いなさい♡」

「あ、あっ、おいしい、です」

「ふふ、いい子いい子♡ ほら、手が止まってるわよ♡」

「は、はいっ」


 恐怖に縛られながらお昼休みを過ごし。

 結果として数学の成績は上がるボクだった。ポテサラの味を犠牲にして……。



 


 


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