第11話




「セラ!」


 私は驚いて振り向きました。


 平民の礼服に身を包んだロッドが、私に駆け寄ってくるのが見えました。


「ロッド……どうしてここに……」

「お義母様とお義姉様が、俺を呼びに来て、セラを助けにいけと……」

「まああ! 何故、平民風情がここにいらっしゃいますの!?」


 公爵夫人が卒倒せんばかりに喫驚いたします。私はロッドにすがりついて涙を流しました。


「ロッド……」

「大丈夫だ、セラ」


 ロッドは安心させるように私の背を撫でてくれました。


「どこから忍び込みましたの!? 汚らわしい!」


 ロッドを罵られて、私が思わず公爵夫人を睨んだその時です。


「やめないか!!」


 鋭い声と共に、公爵様が現れました。普段お優しい穏和な笑顔を浮かべている公爵様が、今はとても厳しい顔つきをなさっておいでです。


「ああ、貴方! すぐに追い出してちょうだい!」


 公爵夫人が夫である公爵様に強請ります。私はロッドを守りたくて彼の腕をぎゅっと握りました。


「お前は何を言っている?」


 公爵様は、公爵夫人を冷たく見下ろしました。


「彼は私が招いたのだ」

「え?」


 公爵様のお言葉に、私は目を瞬きました。


「そうなんだよ、セラフィーヌ」


 お父様が言います。どういうことでしょう?


「ロッドから驚かせたいからお前には秘密だと言われていたんだがね。こうなっては仕方がないだろう」


 お父様が目で促すと、ロッドは少し気まずそうに目を逸らしました。


「セラフィーヌ嬢。貴女の婚約者であられるロッド殿は、新しいワインを開発し王室へ献上した功績で、「サー」の称号を賜ることが決まったのですよ」

「へ?」

「授与はまだ先になりますが、今夜の夜会では貴族達にそのワインを振る舞うことになっておりました。そのため、彼にも我が家へ来て貰っていたのです」


 公爵様の説明に、私はロッドの顔を覗き込みました。


「ごめん。秘密にしていて……」


 ロッドは照れくさそうに頭を下げました。

 確かに、ロッドはずっと新しいワインを作ろうと努力していました。


「実は今夜、ワインを振る舞う際にロッドに出てきてもらい、セラフィーヌに最初の一杯を献じることになっていたんだよ。その上で婚約者であると発表すれば、もう大丈夫だと……」


 お父様が語尾を濁されます。

 そうだったのですね。おそらく、お父様が公爵様へお願いしてロッドを連れてきたのでしょう。

 大々的に正式な婚約者だと発表し、平民といえど新たなワインの開発者という有能な者であると貴族の皆様に認めていただき、私が不幸な婚約を無理強いされているわけではないと証明するために。


「まあ! 「サー」などと一代爵位ではありませんの! それに、子爵令嬢が農夫に嫁ぐなど、不幸になるに決まっていますわ!」


 公爵夫人はなおもがなり立てていましたが、私はもう聞きたくなくてロッドの胸に顔を埋めました。


「いい加減にしないか! 平民嫌いなお前が騒ぐと思ってロッド殿を招くことを知らせていなかったのは私の落ち度だが、まさかここまで愚かな真似をするとは……妻を連れて行け」


 公爵様の命で、公爵夫人は使用人達に抑えられ連れて行かれてしまいました。かなり騒いでおられましたが、どうやら公爵様は夜会の会場には戻らせないおつもりのようです。


「セラフィーヌ。大丈夫かい? 家に帰ろうか」

「別室を用意する。セラフィーヌ嬢とロッド殿にはそちらで休んでいただこう」

「……いいえ」


 公爵様のお申し出に、私は首を横に振りました。


「会場へ戻りますわ」

「セラフィーヌ?」

「予定通りに、ワインを振る舞ってください」


 私は顔を上げてロッドをみつめました。


「最初の一杯を、私に捧げてくれるんでしょう?」


 にっこり微笑むと、ロッドの顔にも笑顔が浮かびました。




 それから、私はお父様お兄様と共に会場へ戻り、心配していたお母様とお姉様に抱きしめられました。

 そして、公爵様が新しいワインを紹介し、その開発者としてロッドが会場へ呼ばれ、その婚約者として私の名が呼ばれました。

 ロッドは私にワイングラスを捧げ、微笑みます。


「君のために作ったワインだ。名前は『セラ』」


 そうして私がワインを飲み干すと、会場中が拍手と祝福の声に包まれました。


「夢のようだわ……」


 私はロッドに寄り添い、皆様がロッドの作ったワインを口にされる様子を眺めて呟きました。


「俺の方こそ夢のようだ。貴族の夜会なんて場違いで。セラはこんな世界で生きているんだな」

「あら。私だって夜会はまだ二回目よ」

「うん。……しかし、見目麗しいキラキラした方達を見ていると、セラには本当に平民の俺でいいのかと自信がなくなるよ」

「なんてこというのよ! 馬鹿!」


 私は頬を膨らませてロッドを軽く小突きました。


「もう誰にも、私の幸せな結婚を邪魔させたりしないわ! たとえロッドにでもね!」


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