第10話




 隣国は我が国より大きく豊かな国です。伯爵であっても我が国の侯爵と同等の扱いとなります。

 さらに我が国と違って妻を八人まで娶ることが許されております。

 いえ、それはともかく、何故この方は私を勝手に隣国へご紹介しているのでしょう。いくらなんでもあり得ません。


「失礼ながら、勝手なことをされては困りますな」


 お父様が怒りを隠さずにおっしゃいます。もちろん、お母様とお兄様お姉様も怒りでぶるぶる震えておられます。

 国内の貴族ならともかく、隣国相手では下手すれば国際問題でございます。いつもは公爵夫人が勝手に騒いでいるだけですが、隣国の貴族まで巻き込んではどうなるかわかりません。


「私はセラフィーヌ嬢の幸せを思ってしたのです! 貴方達に虐げられているおかわいそうなセラフィーヌ嬢をお助けするには、これしか方法がありませんわ! セラフィーヌ嬢、安心なさって? 隣国へ嫁げば、ご家族ももう手出しできませんわ。伯爵は六十歳ですがお元気な方ですし、他のご夫人は三十を越えておりますから、セラフィーヌ嬢は可愛がっていただけますわ」


 この方は何をおっしゃっているのでしょう。

 もはや意味すら理解できません。


「……こんなのっ、もう我慢できませんわ!」


 そう叫んでお姉様が休憩室から走り出ていきました。


「あなた……私もこれ以上耐えられません。よろしくて?」

「……ああ」


 お母様も、お父様の了承を得てさっと身を翻して休憩室から出て行きます。


「公爵夫人。我が家が娘を虐げているなどと、ひどい侮辱です。我々を侮辱した挙げ句、娘を隣国へ売ろうとするなど、けして許されませんぞ」

「まあ! なんてことをおっしゃるの! 私がセラフィーヌ嬢を売るなどと、よくもそんなことが言えますね!」

「証拠もなく私の家族を侮辱する貴女様には怒る権利はないでしょう」


 お父様と公爵夫人が睨みあう。


「貴方達がセラフィーヌ嬢を虐げていた証拠ならありますわ! その髪飾りです!」


 私は目を見開きました。


「明らかに安物ではありませんの! 奥方やジョセフィーヌ嬢とあからさまな差を付けて、そのように粗末なものを与えるだなんて! そんな物を身につけさせるなど愛のない証拠です!」


 私は、自分の頭がカーッと熱くなるのを感じました。


「取り消してくださいっ!」


 思わず、叫んでおりました。私を守ってくれていたお兄様の腕から抜け出して、私は公爵夫人に詰め寄りました。


「これは、私の婚約者からの贈り物です! 確かに、夜会で身につけるにはふさわしくないかもしれません。ですが、デビュタント後の夜会では婚約者のいる令嬢は婚約者から贈られた物を身につけるのが慣習です。ですから私はこの髪飾りを身につけているのです!」


 ワイン農家の跡取りであるロッドならば、村の女の子達からはモテモテでしたし、いくらだっていい条件の縁談があったはずです。

 それでも、ロッドは私を選んでくれたのです。学園を卒業するまでは貴族としての務めを果たさなくてはならない私のことを受け入れてくれたのです。

 そして、社交界では傍にいられない代わりに、この髪飾りで私を守ってくれているのです。この髪飾りが「愛のない証拠」などであるはずがありません。

 そのロッドの想いのこもった髪飾りを、粗末などと馬鹿にされたくありません!


「取り消してくださいっ!」

「何を言うの!? 私は貴女を助けてあげようと——」

「助けてなんて言ってません!! 余計なお世話ですっ!!」


 怒りにまかせて叫んだその時、聞こえないはずの声が聞こえました。



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