第3話
「あら、クレシェンド伯爵令嬢。前の夜会と同じアクセサリーね。私のご紹介した侯爵家とのご縁を断るからですよ。トックス伯爵家ではドレスを新調するのもままならないでしょうからね」
ルドメール公爵夫人は御自分の勧めた「ふさわしいお相手」を断ったご令嬢には何か一言おっしゃらなくては気が済まないようです。
本日はクレシェンド伯爵令嬢エルシー様が絡まれておりますわ。
エルシー様はひきつった笑みを浮かべておられます。
確かに、エルシー様の婚約者であられるイヴァン様のトックス伯爵家は裕福ではありません。しかし、それは水はけの悪い土地が大部分を占める領地で領民達が飢えることのないように伯爵夫妻が事業に資産を回しているからです。それを知る貴族達はトックス家を尊敬こそすれ、貧しいと見下す者などおりません。
それに……
「エルシー!」
「イヴァン様」
エルシー様が絡まれているのをご覧になって、イヴァン様が駆けつけてエルシー様の肩を抱かれました。
途端に、エルシー様の真っ白なひきつった笑顔が、薔薇色に染まった頬と緩められた瞳でイヴァン様を見つめる美しい微笑みに変わります。
——それに、エルシー様とイヴァン様は相思相愛で、学園でも仲睦まじく過ごされており、女の子達は皆お二人のご様子を見て羨望の溜め息を吐くほどなのです。
お二人ならば素晴らしいご夫婦となられることでしょう。
どんな立派な宝石やドレスで着飾れたとしても、イヴァン様以外のお隣ではエルシー様は幸せになれないと思います。エルシー様が一番美しく幸せそうに微笑むのはイヴァン様のお隣ですわ。
「あら! カロビス子爵夫人とご息女ではありませんの! 妹様はデビュタントでいらっしゃるのね!」
おっと。とうとう矛先がこちらへ来てしまいましたわ。
すかさず、お母様とお姉様が私を庇うために前に出ます。
「ルドメール公爵夫人。ええ、次女のセラフィーヌですわ」
「妹は先日、相思相愛の幼馴染と婚約して喜びで口も利けぬほど浮き足立っておりますの。ご無礼をお許しくださいませ」
にこにこ笑っているけれども、二人ともこめかみがぴくぴくしていますわ。
私は口を開かずに二人の背に隠れております。礼儀など気にせずにやりこめなければならない相手だと言い聞かされておりますので。
「まあ、そうですの。それで、お相手はどなた? この会場にいらっしゃるのでしょう?」
「いえ、夜会には来ておりません」
「まあ! 何故かしら?」
お母様とお姉様はのらりくらりとかわそうとなさいますが、公爵夫人は執拗に相手を知りたがります。
婚約者が平民だと知られたら厄介だからと、お母様とお姉様はなんとか言わずにやり過ごすつもりです。
そこへ、天の助けが現れました。
「母上! またご令嬢に迷惑をかけているのですか!」
公爵家の御嫡男様とその婚約者の侯爵令嬢様が駆けつけてくださいましたわ。
「カロビス子爵夫人、申し訳ない」
御嫡男様と侯爵令嬢様が現れたことで、ルドメール公爵夫人は文句を言いながらも退散してくださいましたわ。
やれやれ。
私はお母様とお姉様と目を見合わせて、ほっと息を吐きました。
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