第10話 竜たちとの絆



「何か、不要な物があれば……【円環リサイクル】をしたく思います」


 おそらくだが、この【天骸】そのものが大きな【円環リサイクル】場であると予測し、私はそこにちなんだデモンストレーションをしようと目論む。


『であれば、我がウロコを使え。レイ殿』


 後ろから進み出てくれたのは【天骸を癒やす緋竜キュアーレス】だ。

 そして彼女に続き、もう一匹の竜も名乗りでる。


『回帰不能となった、【遠雷を吹雪く竜シュトルム】の遺骸をここへ。血の一滴であれば、よろしいでしょう』


 さきほどリンリと呼ばれいた竜は、一体のこと切れた竜の死骸を口に咥えながら私の前に丁寧に置いた。

 幼竜がリヒテス様らに殺されたとキュアーレスから聞いていたが、どうやらその一匹らしい。他の竜たちよりも格段に小さく、サイズとしては『来る魔くるま』3台分ほどと言えるだろう。

 それでも人間である私からすれば、かなりの迫力ではあるが……。


「本当に……いいのか?」


 改めて確認を取れば、竜たちは沈黙でもって答えてくれる。

 キュアーレスは自らのウロコを自身の牙で引きちぎり、ゴトリと落とす。

 リンリは死骸となった【遠雷を吹雪く竜シュトルム】の傷口に触れて良いと、首を振って促す。

 俺は双方を手で触り、アクティブワードを口ずさむ。


「『素材化セット』!」


 私がカードを引く所作をすれば、瞬く間にウロコと血液は2枚のカードに変化した。

 

『なんと……物質の圧縮魔法の類か?』

『あれも【星遺物アーティファクト】の効果、らしいな』


 竜たちの反応を慎重に見分けながら、私はカード化した物のテキストを素早く読む。


素材マテリアカード:癒やしの竜鱗】

『癒やしの魔力を色濃く帯びた緋色のウロコ。煎じて薬に入れれば治癒力がアップする』


素材マテリアカード:らん幼竜の血】

『吹き荒れる嵐の魔力が宿った血液。幼竜の物ゆえ、その濃さは薄く儚い』


 ふむ。実際に大きな物体をカード化できるのはかなり便利だ。

 竜たちの反応は上々だが、警戒の目は払拭されてはいないので説明も挟んでおく。



「この【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】は古代の【魔導帝国帝国】の物理学を応用して製造された【仮想紙幣クレジットカード】型の神罰兵器です」


『神罰兵器という名も知っておるのか』

『この者、本物やもしれぬ』


「これは思念物理学とナノテクノマシン技術を融合したカード型デバイスであり、あらゆる情報、物理エネルギーを量子カード化する技術です。それらを総称して【仮想紙幣クレジットカード】と呼びます」


 ピッとカード2枚を竜たちにしっかりと披露しておく。


「その場の物体をエネルギーに作り変え、構造上、人間に取り込めるようにした兵器でもあります」


『その紙切れと己を融合し、強化できると』

『人類を進化させるためのものであるか』


「そうです。しかし、もう一つ、【円環リサイクル】方法があります。それは新たな事象や物体、生物を生み出す、といったものです」


『まるで神ではないか』

『にわかに信じがたい、が……の帝国であれば……』


「神々に対抗するために作られた兵器ですからね。それではお披露目します」


 2枚のカードを両の手で持ち、高らかにアクティブワードを叫ぶ。


「【癒やしの竜鱗】と【嵐幼竜の血】を融合……! 竜血りゅうけつよ、我が血潮となって生き続けよ!」


 それぞれのカードは光の奔流に呑まれ、数舜後には私の手の内で一枚のカードへと昇華していた。


【魔法カード:緋竜の雨】

【コスト:神力300 or魔力(鬼力)寿命3年】

【効果:広範囲に渡り、緋竜がもたらす癒しの雨を降らす。その水滴に触れた者は、心と身体に刻まれた傷も癒される】



『して、その紙切れで何をす?』

『我等の同胞の一部を使っているのだ。安易な結果であれば八つ裂きでは済まさぬ』


 正直に言えば、私は幼竜が死んだ責任を多少なりとも感じていた。

 なにせ幼竜を殺めたリヒテス様らと共に、ここに来たのだから。ならばせめてもの償いとして、哀しみに包まれた竜たちの心を……少しでも軽くしてやれたらと思い、カードの効果を理解すれば即座に発動させていた。


:【魔法カード:緋竜の雨】は手札に存在しません:

:1時間に1枚のみ発動できる【代償封殺】にて発動可能です:

:使用者の寿命を3年、消費します:


 なるほど……手札にドローできなければ己の鬼力、寿命を消費しなければいけないと。

 3年……少なくはない代償だが、ここで二柱の竜神に認めてもらえずに終わるのは断じてあってはならない。


「【代償封殺】――――魔法カード、【緋竜の雨】!」


 しばらくは竜たちも何が起きたのか、すぐには変化を悟ることはなかった。

 しかし数秒が経つ頃には魔法カードの効果が、【天骸てんがい】全体に現れていた。

 上空に巨大な雨雲など一切ないのにもかかわらず、緋色の雨が降り注ぎ始めたと。


 その雨粒一つ一つには、触れた箇所から傷を癒やす超回復の恩恵が宿る、まさに天からの恵みである。そして、雲海の彼方へと沈みゆく太陽が放つ輝きに反射し、【天骸】は幻想的なまでに美しい紅の煌めきに包まれてゆく。

 血の雨とも、炎宝石ルビーの嵐とも言えるこの光景は、消えゆく七つの太陽と共に次第にその輝きを失くしてゆく。竜たちは、残された時間が少ない【緋竜の雨】をその身に浴びては身を震わしていた。


『これは……シュトルムの匂いを感じる』

『竜は永遠に近い時を生きるが故……この悲しみは永遠に我等をむしばむ』


『シュトルムの死は重すぎる……重すぎて、受け入れられぬ』

『だが、シュトルムはこうして、死してもなお我らと共に在るとささやく』

『我ら【天骸】にシュトルムの血が、浸透す』



『『錬星術士レイよ。誠、感謝する』』


 万感の意がこもった礼を言われるが、私は首を横に降る。

 竜たちの礼の言葉を――



「だが、断る」


 私は感謝を受け取れる立場にないと。

 少なくとも私はリヒテス様たちの竜殺しを止められなかったし、あの時点では止めるつもりもなかったのだから。


「リヒテス様たちと目的が違ったとはいえ……彼等と共に、無断であなた方の領域に踏み入ったのは事実だ。これはせめてもの私からの謝罪です」


『……その誠意、しかと【風水龍タカオカミ】が受け取った』

『【暴水龍クラオカミ】は錬星術士レイを歓迎する』


 どうやらこの巨大すぎる【星遺物アーティファクト】、竜を生む【天骸】の滞在許可を無事に得られたようだ。



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