第5話 仮想紙幣の決闘者


「【竜の巣】の原理、そうか……」


 シャンデリア型の巨大な神罰兵器。そして無数に揺らめく大きすぎた砂時計たち。

 その作成過程や当時の思想、神罰兵器を発明した人々に想いを馳せながら、自分なりの論理と分析を構築してゆく。


「『宇宙』と呼ばれる異世界に、全てを無限に吸い込む【黒い穴ブラック・ホール】があると言われている。そして、逆に全てを吐き出し続ける【白い穴ホワイトホール】も、なるほど。その2つの特性を利用し、竜を生んでいるのか……」


 砂時計型の中央部分、通常は砂が落ちてくる箇所にブラックホールとホワイトホールを関節的につなぎ合わせているようだ。上部は物質を透過する特殊ガラスで作られているのか、ブラックホールにより大気中の物質を吸い込み、その際に生じる高エネルギーをコントロールしているようだ。そして下部では吸収した物質とエネルギーを、ホワイトホールによって吐き出す。その時も上部同様に莫大なエネルギーが加わり、それらをうまく制御し超生物へと変換するといった流れのようだ。


「上部のガラスには下手に触れない方がよさそうです……」


 また、この施設はいくつかが破損しており、ブラックホールとホワイトホールの影響で常に激しい乱気流に覆われている。【雲の断崖オリソンテ】なんてのがあったのがいい例で、その関係から重力がおかしな事になっているようだ。


「リヒテス様。おそらくここは――」


 場所によっては、身体が宙を浮いてしまうかもしれない。

 そんな私の説明は、突如として右腕に走った痛みで遮られる。


「がぁぁああぎゃああぁぁsじうあうhっ!?」


 激痛がひどすぎてまともに声を上げることすらできない。

 かろうじて把握できたのは、自分の右腕が肘から下が無くなっている事だ。


「おい~レイ? お前はここまで来るのに、俺様たちに守ってもらって? 飛翔するときも抱っこで? あげく自分は優雅に石板とにらめっこだってー? 馬鹿にしてるの?」

 

 痛みに耐えながら振り返れば、アークが【暗鉄本こくやのほん】を片手にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。その手にある本には私の血がびっしりと飛び散っている。

 何をしている、と問う前にアークの言葉を訂正したくなる私も大概かもしれない。君が言う石板は電子記録媒体、メモリーカードだ……なんて反論する余地は、自身の口から吐き出された血によって塗り潰されてしまう。


「ごああッッッゲホッ!」


「あらよっと。錬星術士レイ殿は【竜の巣】にて事故死って事でいいな。つまらんお前には、似合いのシナリオだろ」


 アークだけでなくバーンズにも腹部を強打され、体の内部から爆発が起こったような痛みが突き抜ける。

 両者とも神血デュークを受け継ぐ血位者デウスである。

 その意味は……彼らの拳は岩をも砕き、人なんて一撃で粉砕する力を持っている。


 そんな暴力が、仲間であるはずの、私に振るわれた……?

 一体、どういう事、だ?

 こ、今回はアークより上位のリヒテス様もいるから、前回のように暴走したと、しても……防げると思って、探索に同意した、のに……?


「リヒテス様~、こいつ馬鹿だからあ、まだ状況を理解してないみたいですよお」


「レイよ。貴様は未だに【英雄神アキレリア】様からの神意スキルが聞き取れていない。父上から栄えある【ノルデン家】当主の、この私の、補佐役を任命されたのに、だ。いつまで無能の極み、背信者にも等しい醜態を晒すつもりだ?」


 アークと共に私に苦言を呈すのは、私が頼りにしていたリヒテス様その人だった。

 

「貴様にはがっかりだ。到底、【英雄神アキレリア】様の御慈悲にかなう人間ではない。これなら『名誉挽回の機』なんて名目おじひなど与えず、堂々と処刑すればよかったものを……」


「まっ、【英雄神アキレリア】様が、わざわざお前ごときを殺せなんて仰ったわけじゃないぜえ。ただ、俺らの、アークの好きにしろってな」


 何が、起きている……?

 聞き捨てならない、発言が、リヒテス様から飛び出た。


「ペテン師レイ。貴様はここ【竜の巣】探索任務中に、不慮の事故にあい死んだ。世間にはそう報告する予定だ」

「はーい。てなわけでえ、今度は左足をもらい~♪」


 ぐちゃっと嫌な音が響けば、アークが持っていた【暗鉄本こくやのほん】が私の左足をッッ、膝が押し潰され、ちぎれ、飛んでいく。


「ぐあああああああああああ!?」


「ねえ、今どんな気持ちなんだ~? あー、苦痛に歪むその顔色、いい物語を語れそうだ~?」


「レイよぉ、俺ァは別にお前自身が気に喰わねえとか、そういうのはないんだ」


 どっこいしょ、とアークをかきわけて私の傍にしゃがみこんだのはバーンズだ。私は彼に助けを求めようとするが、不意に指を握られ、順番にボキボキと折られてしまう。

 激痛でどうにかなりそうなってしまい、まともな言葉が口から出てくれない。


「だがなぁ前々から疑問に思ってたんだ。どうしてこんなつまらん奴が、平和主義の塊みてえな奴が、【第七血位】のパーティーにいるんだ? ってな」


バーンズが退屈そうに喋り、結論をノラが興味なさげに告げる。


「……うるさき咎人とがびとには粛清を」


「【失伝魔法アーティスト】に詳しいつってもなあ……俺が知る【遺跡士レーダー】や【錬星術士】って奴は、どいつもこいつもホラ吹きばっかの知ったかぶりだぜ?」


「……【闘技街コロセアム】は【遺跡士】の鑑定誤認により、【星遺物アーティファクト】の暴発で一区画が吹き飛んだ」


「【遺跡士】なんてのは災いを呼ぶ者。あてっずっぽうばかりの虚言論者だあ~」


「わた、し、は違う……」


「【星遺物】が貴重品だなんだって騒いじゃぁ、必死こいてあさる『空を狩る者《スカイウォーカー》』共も賊と変わりねえ。奴らも【遺跡士】も旧人類の災いに憑りつかれた悪鬼だぜ」


「つまり俺様たちは、賊のお仲間ともいうべき【遺跡士】さんにまっとうな対応をしてるって物語」


「非力、無能、危険……」


「まあ、諸君。落ち着こうじゃないか。彼の同行は父上の推挙あってだ。【星遺物アーティファクト】に関して鋭い洞察力があるとか。存分にその腕を振るっていただこうじゃないか。決して役立たずではないはずだ」


 片腕と片足をもがれ、突っ伏す私に向かってリヒテス様は尋ねる。


「で、貴様はその状態でしっかり【星遺物】の考察とやらをやってのけるのか?」


 パーティーメンバー全員が答えはわかりきっているのに、改めて確認してくる非情さに腸が煮えくり返る思いだ。しかし残念なことに、私の意思に従って身体が動いてくれるはずもない。



「できなければ彼らの言う通り、本当に無能だな、レイ」


「なあ、リヒテス様。そろそろ【第五血位クインセ・デウス】様が俺達を見つけるかもしれないぜ?」


「ローゼシュタイン様か……事あるごとに、この無能者を庇う慈悲深き御方よな。その恩情につけこんで、貴様のような無能が、あの御方と言葉を交わす権利など……!」


「皆無だよねぇ~、かよわいレイちゃーん」


「さて、ここが忌むべき【星遺物アーティファクト】だと断定したわけだ。みな、レイの処理後は【竜の巣】を破壊するぞ」


 目的は達したと言わんばかりに、リヒテス様は無常にも私を見下ろす。


「我らが強靭なる筋肉アキレリアに――!」

「「「乾杯!!」」」

「筋肉こそが――」

「「「正義!」」」


 神に捧げる唱和の後、リヒテス様はこれで最後だと言わんばかりの捨て台詞を吐いた。


「ペテン師レイ、お前はもう用済みだ。お勤め、ご苦労であったな」


「おっと、リヒテス様。レイをここで置き去りにする前に、ちょっとした余興があるのでしばしお待ちを」


 アークが心底、愉快気に微笑む。

 そんな悪魔のような顔を見て嫌な予感が全身を突き抜ける。

 これ以上、どのような仕打ちを、罰を受けるというのか……。


「レイ。これはお前如きが【血位者デウス】である俺様に、生意気な口を叩いた礼だ~。さあさあ、どんな叫びの物語を鳴き聞かせてくれるんだあ?」


 そうしてアークが見せてきたのは……ボールほどの氷塊だった。

 だが、それはただの氷ではなく――

 氷中に封じられた顔を見て、首から上だけになってしまった彼女を目にして――



「メリ、ル……?」


「ほれ、冥土の土産ってやつだ。この女も変わった奴だったなあ。なにせお前のためとか言って、何の抵抗もなく従順に自らの首を差しだしてきたからな~。あー、笑える物語だったなあ」


「おい、アーク! 貴様、レイの助手にまで手を出したのか!? 【英雄神アキレリア】様が自由にしていいと仰ったのはあくまでレイのみだぞ! この愚か者め……」


 リヒテス様がアークを叱責する声も、他のメンバーが億劫そうに移動を促す意見も、その全てが私の耳には入ってこなかった。

 ただただ、目の前の神人チルドレンたちの残虐さと非道さに怒り震え、それ以上に自分の無力さを許せなかった。

 氷に閉ざされ、首だけになってしまったメモリアの虚ろな瞳を見つめ、絶望の淵に叩き落とされた感覚を痛いほどに味わう。


 私はまた、守れなかったのだと。

 死なせてしまったのだと。


「アークよ、この件は神都に戻ってから言及する。みな、そろそろ移動するぞ」

「じゃあな、ペテン師レイ。ゆっくりと、じわじわと絶望に打ちひしがれて死ね。その首と仲良しこよしで、最後の物語をさえずってなぁ?」


 神人たちが凄まじい跳躍力で、遥か先にある巨大な砂時計へと移動してゆくのを尻目に、私はただただ痛みに泣きすさび、悲しみに囚われる。

 とめどなく流れ出る涙が、血が、自身の失われゆく命を如実に現していると恐怖しながら。


「うっうっ……」


 ふと、ぼやけゆく視界の片隅で銀色に光る何かがかすめた。

 私が茫然とそちらに目を向ければ、残った左手首についた腕時計が反射していたのだ。

 ほぼ止まったままの腕時計、だけど1年かけてゆっくりと2周だけする時針。

 どんなに遅くとも、この腕時計は動き続けている。


「ここで……終わる、のか……?」


 誰に向けずとも、己自身にこぼした疑問。

 多くの犠牲を出した私が、まだ何の成果を出さず……かつての仲間たちの生き様すら証明できずに、こんなところで終わるというのか?


『師匠は、私の誇りです』


 メモリアの変わり果てた姿を目に焼き付け、彼女が私にくれた言葉を思い出す。

 氷漬けにされた生首になっても、彼女は私を励ましてくれるようだ。

 


「死ね、ない……こんな、空の果てで……」


 無数に煌めく竜のウロコが宙に満ち、天空に座す【星遺物アーティファクト】は悠然と何事もなかったかのように、ちっぽけな私を乗せている。

 ゾッとするほど美しい情景の中で朽ち果てるなど、私には決して許されない。


「私は……星の記憶を、読み解き、人間ヒトの力をッ、証明する者。錬星術士だ……」

 

 自分自身を叱咤し、軋む全身を鼓舞する。


「心が導くままに、動け、あらがえ」


 無様に這いつくばりながら、苦痛に必死に耐えながら、持ってきておいた【星遺物】の中から【愛の囁きアイフォーン】をボロボロの手で握る。

 それからズルズルと懸命に身体を引きずり、どうにか錆び付いた金属プレートにたどり着く。


「はぁっ、はぁっ……」


 神罰兵器【竜の巣】の識別コード、その横には先ほど見つけた3つの端子挿入口がある。

 指が全て折れてしまい、非常に困難な作業となったが接続用の端子を【愛の囁きアイフォーン】に繋ぎ、そして金属プレートへ差し込む。


「どうか、たのむ。なにか……なにか、」


 神に願わず、請わず、人類が築き上げた可能性にのみ祈りを捧げる。

 そうして【愛の囁きアイフォーン】の画面に浮かぶ文字を見れば――



:神罰兵器【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】をインストール:

:アプリ型最終神罰兵器の起動が可能です:


「ッッ!」


 絶望の中の光を見出し、声にならない歓喜の声を上げる。

 私はこれが何なのか知っている。


 神罰兵器……。

 巷では神々からの祝福、神意スキルと同じように……【星遺物アーティファクト】から成る【失伝魔法アーティスト】は、愚か者に・・・・神罰を与える・・・・・・べく・・神が人類に残・・・・・・した遺物・・・・と言われている。

 だが、それは違う。



「神罰兵器とは、尊大な神々を……罰するための、魔法」


 旧人類。

【魔導帝国日本】が創り出した、神を殺すための武器である。


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