第6話 時の復元


 旧人類が築きあげた究極の兵器、それは鬼力きりょくを媒体とした魔法。

 鬼力とはすなわち、人間本来が持つ寿命である。

 魔法とはすなわち、神が定めた世界の法則を捻じ曲げる『鬼魔の法則』の略称である。


:【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】の人体へのダウンロードを開始しますか?:


 私はすぐさま、血濡れた手で【愛の囁きアイフォーン】をタップする。

 すると莫大なデータが、人類の可能性が、自らの身体が別次元に昇華されていくのを本能的に感じる。


:無事に【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】がダウンロード、インストールされました:

:適合率100%:


 脳内で響くようになったログアナウンスを確認した私はすぐさま、【愛の囁きアイフォーン】と精神リンクを図り、アプリ内ウィンドゥを視覚と共有化するよう願う。

 すると、視界の片隅でウィンドウ画面がポップするようになり、【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】をしっかりと起動できていると確認。


「よし……これが『仮想紙幣クレジットカード』と同類の【神罰兵器】であるなら、初期デッキに、あのアイテムカードが、緊急回復用の……あれが、あるはず」


:常備即時発動可能な手札を5枚まで戦力化ドローできます:


 アナウンスを把握し、私はすぐにアクティブワードを吐き出す。


「……『戦力化ドロー』」


:【鬼王きおうの筋力薬】をドロー:

:【鬼兵きへいの盾】をドロー:

:【鬼武者の斬鉄剣】をドロー:

:【鬼火】をドロー:


 ドローと脳内でアナウンスが響くたびに、私の手の内にイラストとテキストが描かれたカードが出現してゆく。

 だが、ま、まずい……4枚目まで引いた結果が強化薬に武器、そして魔法カード……。

 たのむ、どうか……最後の一枚は……回復アイテムを!


:【人体回帰の魔剤フルプレル・ポーション】をドロー:

 

 よし、きた。

 それだ。


物質アイテムカード:人体回帰の魔剤フルプレル・ポーション】:

【コスト:神力ゴッズ100 or 魔力(鬼力きりょく)寿命1年】

【タイプ:魔導帝国日本・鬼神隊】

【効果:人体回帰の魔剤フルプレス・ポーションを具現化。人体を1時間ターン前の状態に回帰・復元させる】


:大気中に『神力ゴッズ』を検知。総指数『8500』:

:コスト『神力100』を代償にこのカードを発動できます:



「み……自らの寿命を、クレジット残高としない……!?」


 私の知る『仮想紙幣クレジットカード』とは違う……。

『仮想紙幣』型の神罰兵器は本来であれば自らの寿命を支払い、神にも等しい力や現象を引き出す物であったはず。

 だがこの兵器は神力ゴッズをコストとする、すなわち神々が作りし法則に満ち溢れたこの世界は、神力が無尽蔵にあるのと同義。

仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】は使い放題なのか!


 ……『思考は現実化する』をコンセプトとした、最新の物理学とナノテクノロジー融合。それは膨大な情報データや現象、物質をカードへと記録し、さらにそれらを具象化するシステム。

 神と人との戦争期に、最も天才かつ、あらゆる神罰兵器を開発した女性が手掛けた魔神マシン


「ようやく、ようやく、長年探し続けていた【星遺物アーティファクト】の1つが――私の手に!」


 感動に震えながらも、カード発動のアクティブワードを口にする。


「アイテムカード、クイック……【人体回帰の魔剤フルプレル・ポーション】!」


 私の呼び声に【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】が応えれば、グチャグチャになってしまった左手に眩い輝きが宿る。


「発動!」


 カードが霧散すると同時に、描かれていたイラスト通りの物体が具現化する。

 青い液体がガラス瓶に入り、先端には四つの小さな針が突出している。私はそれを迷わず自身の肩に突き刺し、トリガーを押せばカシュッと軽快な音が響く。


 青い液体が身体に巡り、私は淡い光に包まれる。

 失った手足の感覚が戻ってゆき、激しい痛みがまたたく間に引いた。


「す、すばらしい……」


 人は魂の根源、神経を通る電子を直接生成する器官、脳さえ破損していなければ復元は可能である。

 例え心臓を貫かれても、その事実はゆるぎない。

 その驚愕すべき結論を如実に表したのが、【人体回帰の魔剤フルプレル・ポーション】である。

 

『……ほう? 人間、面白いことをしておるな』


「!?」


 唐突に、脳内に直接鳴り響く声に思わず顔をしかめる。

 あまりにその音量が大きすぎたため、最初は幻聴かと疑ってしまったほどだ。

 


『魔法すら使わず、神意スキルに頼らず、己の身体を回復するとは……』


 一瞬【仮想紙幣のカード・オブ・決闘者デュエリスト】が誤作動を起こしているのかと懸念したが、あきらかにアナウンス的な発言でないと判断し、その可能性を即座に切り捨てる。

 そう思った矢先、ぬるい風が吹く。


『興味深いぞ、人間』


 私はある種の予感を覚え、風が吹く方へゆっくりと上体を起こしながら振り向いた。

 するとそこには、巨大な――


『それで、人間。そなたも、あそこで乳飲み子のごとき泣き喚く人間同様……』


 山と見まがうほどの巨竜がいた。

 いな、巨竜はこの巨大すぎる砂時計の天辺、すなわち私がいる場所まで登ってきたのだ。

 その証拠に竜の巨体は下半分がまだお披露目されていない。それでも圧倒的な巨躯の前で、私はただただひたすらに畏敬の念を抱くことしかできなかった。

 の竜の、研ぎ澄まされた緋色のウロコが軋むたびにガチガチと不協和音が響く。巨竜がほんの少し身じろぎをするだけで私は風圧に押されてよろめきそうになる。

 そうして、どんな武器や魔法も弾くと謳われるウロコの一枚一枚が見える至近距離まで、その巨竜は顔を私に近づけた。


『ここを荒らしに来たのか?』


 こちらを見定めるように唸り、その鼻息だけで尻餅をついてしまう。

 この脳内に響く声は、今、目の前の巨竜が発しているのだとようやく気付く。


『興味深き人間、答えよ』


 竜の視線は私のその向こうまで見渡している。

 すぐ間近で竜と向き合っている圧力に屈したのか、圧倒的なまでの存在感に気圧されたのか、根本的な恐怖に怯えてなのかはわからない。

 自然と逃げるように後ろを振り向いている自分がいた。


 そして、私の視界に映ったのは――

 数匹の竜を相手に絶望的な膂力の差を見せつけられ、散り散りに逃げ惑うリヒテス様たちだった。

 アーク・ビブリオンは血だらけに、バーンズ・イェーガーは左腕が明後日の方向に曲がっている。

 ノラ・オルガノとリヒテス様もまだかろうじて無傷だが、いつ竜のあぎとや爪の餌食になってもおかしくない惨状だった。


 まさか上位の【血位者デウス】である彼等をこれほどまで圧倒するとは……本当に竜とは神々に匹敵する生物なのだと驚嘆してしまう。


『再度、問う。そなたは奴らの同族か?』


 そんなヤバすぎる存在に、私は今、問われていた。

 その答えはもちろん――


「あんな奴らとッ……私は同族に見えるかもしれない……だが、断る!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る