第2話 愛弟子は【奏竜の娘】


「レイ師匠がっっ! ペテン師であるはずがありません!」


 帝国内の誰もが私に後ろ指を立て、罵りわらっても、数少ない友人たちは私をかばってくれた。

 その中の1人が、目の前で怒ってくれているメモリア・ドラクールだ。

 独房から解放され、【剣の盤城ばんじょう神都しんとアキレリス】の研究所に戻ると、彼女は出会いがしらの開口一番に人々を批判した。


「とにかく、かくかく! 今まで師匠が【英雄神アキレリア帝国】に献上した数々を、みなさんはお忘れになってます!」


 メモリアは綿のような白い髪をふわりと乱し、頭から突き出た両角を大きくしてくれる。

羊毛の娘シープ・メイ】種族特有の、感情が昂ると発症する身体的特徴を珍しく露わにした彼女を見て、ほんの少しだけ驚いてしまう。

 彼女は歌と温厚を愛する【羊毛の娘シープ・メイ】であるだけに、普段は優しくおおらかだ。

 もう知り合って3年にもなるが、彼女が激怒したのを目にするのはこれが初めてかもしれない。


「メリルがここまで怒り心頭になるなんて、明日は【塔剣とうけん】の雨でも降りそうだな」


 愛称で彼女の名を呼べば、少しだけメモリアは冷静さを取り戻したのか表情が幾分か柔らかくなる。


「りゅ、【流剣雨りゅうけんう】でしたら、私たち錬星術士にとって喜ばしいことです。って師匠、話を逸らしましたね!? 私が言いたいのは――」


「メリル、わかっていた事だ。この国では神人チルドレンの発言は、誰よりも信頼される神託に近いわけで、私の報告など煩わしい小虫の羽音同然なのだ」


「師匠が拘束されてから、私は何度も【神問会】に直訴しに行ったのに……あの恩忘れの【血位者デウス】たちはっっ、全く聞き入れてくれませんでした! 仮にも師匠は【第七血位者セヴンス・デウス】の補佐官で、私はレイ師匠の後継者なのに、ですよ!?」


「誰かに聞かれたら事だぞ」


 いくら【星遺物アーティファクト】研究所が『握りの錆び・・・・・』と馬鹿にされるほど、こじんまりとしており、研究員が私とメモリアの2人だけでも、どこで誰に聞き耳を立てられているかわからない。


「この国では【血位者デウス】を貶める言葉は禁忌に触れる」


 なにせここは、神が座する城の一画であるのだから。

【剣の盤城ばんじょう神都しんとアキレリス】。それは巨大な一振りの剣が大地に突き立ち、つばの上に無数の家屋が並び、の部分が細長い城と化している。

 とはいえ、巨大な剣はやや斜めに突き立っているので、【つばの城下町】も斜めに傾いているので段差や高低差の激しい街並みになっている。もちろん【握りの城】も同様に斜めっており、城壁の外周を螺旋状に階段が巡っているのだが、これがまた位置によってはかなり登り降りがキツイ。

 まあ標高が高いので地表からの外敵から身を守りやすいのと、眺めだけは素晴らしい。



「禁忌上等です! だって、今までの師匠の功績はどれも素晴らしいはずです! 身体欠損で退役した元兵士たちの新たな移動手段として開発された【来る魔くるま】。あれはお年寄りにも人気です!」


「あれは制作コストが大きすぎて、普及されているのは富裕層のみの極わずかだ。それに軍関係の物資輸送などに回されてしまっているのが現状だしな」


 メモリアは鼻息を荒くし、感情の昂りのままに私へと詰め寄ってくる。

まるで私に反論するような姿勢で、小柄な彼女には不釣り合いな豊満すぎる胸を押し当てている事にすら気づいてないようだ。


 なるほど。

 冷静さを欠き、あとになって気付けば己が羞恥にまみれる事態を自ら行うのは弟子として減点だな。

 

「確かに【来る魔】は一般層には認知されづらいですが……! それなら、泥水を飲み水に変換できる魔木まぼく、【浄水木じょうすいき】なんて生活基盤が物凄く安定しましたし、人々の暮らしは前より遥かに向上しましたよ! それこそ病に倒れる人が激減しましたし!」


「帝国の人々は信心深いからな。多少、水の味が良くなったからといって、水が病原菌の元になりやすいだなんてわからないだろう。みな、神意スキルのおかげと英雄神さまに感謝していたよ」


「むむむ……でしたら、魔力マギ神意スキルと同等の可能性を秘めてるエネルギー! 【電鬼でんき】の発見は凄まじいですよ!? まさか小鬼インプの角に、あんな目に見えない力が宿っているなんて……!」


「私も小鬼インプの角に、電波塔と同じ性質があるとは思ってもいなかったよ。私の持論だが、根源的には電鬼も魔力も神意も元は同一であるはずだ」


 古来より小鬼たちは言葉を介さずとも、意思疎通が互いに取れていた。

 その答えこそ、小鬼たちが生む電力と電波だったのだ。

 彼らは電波通信により互いの言葉を交わしていたのだろう。


「魔力や神意がない人間でも、電鬼でんきを活用することで様々な現象を起こせるようになったのは便利だが……完全な伝送網を設置できたのは神都しんとのみだからな。それに【電鬼】を扱う【星遺物】の開発、普及もまだまだで【電鬼】の繁殖数も不足気味。そもそもが生物だから電力をもらうには、それなりのご機嫌取りをしたり面倒を見ないとだからな」


「私は小鬼インプだいすきです! ちょっと顔の怖いペットって感じです!」


「そこが問題なんだよなあ……元々、小鬼は人間から忌み嫌われる種族だったし、抵抗のある人が多いんだろうな」


「とにかく、かくかく! 偉大な師匠が、2カ月も投獄されるいわれはありません!」


「だがな、メリル。あの【祈りの涙ミサ・イール】の威力を知ってて、被害を防げなかった事実は変わらない」


「それなら、なおさら! 【星遺物アーティファクト】を誰よりも知り尽くしている師匠をすぐに開放して、あんな事が2度と起きないよう問題点を解明するべきでしょう!? 指揮系統の問題とか!」


「まあ、落ち着くんだメリル。何はともあれ、こうして牢獄から出て来れただろう? それとさっきから近いぞ」

「は、ひゃい」


 ようやく自らのたわわに実った双丘を押し当ててしまっていると気付いたメモリアは、急いで身体を離すが顔面は真っ赤に染まっていた

 それから数秒間は俯き、『とにかくかくかく』と念仏を唱えてから再び視線を合わせてくる。


「し、師匠がそ、そう言うなら……でも、師匠。これだけは忘れないでください」


「ん、なんだ?」


「師匠は、私の誇りです」


 屈託のない笑みで恥ずかし気もなくそう言い切るメモリアが眩しい。



「そ、それじゃあ脱獄祝いにパーッと食事にしますか? お風呂にしますか? それとも……」

「脱獄祝いって……」


 私のツッコミは完全にスルーされ、メモリアは朗らかに笑う。


「それとも、徹夜で私と【聖歌と竜歌の調和】について談義し合いますか!?」


「じゃあ飯で」


「え~、そんなあ……師匠がいないこの2カ月は【電鬼でんき】の供給を停止させないように大変だったんですよー……おかげで私の研究テーマは全く進まなかったんですから」


 俺の心配をしていたってよりかは、自分の研究テーマが進まない事にやきもきしてたようだな。

 メモリアらしい。


「じゃあ私の特製【ふわふわソテーの夕焼き雲】を食べ終えましたら、ちゃんと【星遺物アーティファクト】と【失伝魔法アーティスト】の研究に付き合ってくださいね!」


「だが断る」


「えっ?」


「英雄神さまのお達しでな。汚名返上のため、新たな任を御下命されたんだ。メリルの飯を食べたら、【星遺物】に関わりそうな探索をするため、すぐに出発しなくてはならない」


「そんなあ……脱獄したばっかりなのに。もうこんな帝国から出ちゃってもいいんじゃないですか? ここの人達って口を開けば筋肉筋肉ってうんざりです……」


「ならどうしてこの国に来たんだ……?」


「この国の人は頑強で長寿だから――って、私の話はどうでもいいんです。それよりもいっその事、帝国外に旅でもしませんか?」


「それもいいが。まだ、この帝国ではやる事があるからな……」


 メモリアの提案に私はゆっくりと首を振る。

【英雄神アキレリア帝国】生まれの人々はその神血デューク特性のせいか、はたまた神の祝福が作用しているからなのか、異常なまでの怪力持ちが多く存在する。

 人間の身体能力の限界を有に超えた特徴……それは私たちがかつて求めて止まなかった力の根幹でもある。

 あの時、喉から手が出るほど欲しかった力が、今さらになって目の前を平然と闊歩しているのだ。

 神々と人類の融和。し難い事実だが、その力の秘密を解明するまではここを離れるわけにはいかない。

 それがせめてもの、私がかつての仲間に贈れるはなむけでもある。


「師匠、なんかまた暗くなってます。たまーにそんな顔しますよね」


「……」


「研究熱心なのはいい事だと思いますよ? でも、根詰めすぎないようにお願いしますね」


 倒れられたら私の研究を手伝ってもらえなくなります、とぼやくメモリア。


「はぁー……仕方ないですね。そんな師匠へ、良き弟子の私は元気の出るほっこりな歌でもおまけしましょうか~」


 私が黙っていると、メモリアは研究所に併設された小さな厨房ちゅうぼうへと足を向ける。

 研究所全体が斜めに・・・傾いている・・・・・のに、彼女は器用に歩きながら陽気に歌い始めた。



「竜を紡ぎしその者、人と名乗りし御伽おとぎなり――♪」


 しばらくすれば鉄臭い研究所は、腹を刺激する心地良い料理の匂いに包まれる。


「神にあらず、追憶に彷徨さまよう旅人、幾億の旋律をかなで、ほころびを結ぶ――♪」


 冷たい機械音だけが響くここに、いつの間にか柔らかな音がこだまする。

 

の者が朽ち果てる地、いまだ遠く――♪」


 メモリアの歌声が静かに、私の中で燻り続ける思いに火を灯す。


簒奪さんだつされし運命さだめであろうと、その歌ついえず――♪ 」


 いつだってメモリアは、温かい。

 こうやって私のような人間に、美味しい食事と優しい音色を届けてくれるのだから。

 久しく忘れていた束の間の安息にこのまま身も心も全て沈めていたい。そんな欲求を振り切るようにして、作ってもらった食事をそそくさと胃袋に落とし込む。


 それから探索のための準備をする。

 今回は空の果てが任地になりそうだから、必要になりそうな【星遺物アーティファクト】を入念にチェックしておく。


方位自信コンパス】……水晶玉に封じられた二本の宿り木、世界樹に寄生していた【世界樹妖精ユグドラ・ピクシズ】は常に世界樹を求めるため、自信あふれる表情で世界樹の方角を示してくれる。

 二つの目の【星遺物】は、透明な真四角の星粒たちの集合体を削りだし、筒状の鏡へと改良した【星を望む鏡セイボウキョウ】は遠くを覗ける。

 最後に、写真等で記録ができる万能型カードアイテム【愛の囁きアイ・フォーン】。


 これら貴重な【星遺物アーティファクト】を選別し、落下防止のために繋いでおいた鎖を外してゆく。


「どうでもいいんだが、この斜めの・・・・・構造はやはり不便だ。星遺物を管理するのも、いちいち落下を危惧せねば……」

「帝国の人間は狂ってますよ。建物が斜めになってると『移動すらも良い筋トレになるー!』ってありがたがりますから」

「ハハッ、面白い意見だ」


 棘のあるメモリアの言葉を流す。

 準備を終えれば、あとは召集のかかったパーティーメンバーと定時に合流するのみだ。


「よし、そろそろ時間か。空の青が白む頃合いだ」


 昔の癖でつい、左手首につけている腕時計を確認してしまう。


「前から気になっていたのですが、師匠がつけてるその腕輪みたいなのって何ですか?」

「これは……時を告げる【星遺物】だったようだ。今はほとんど動かないがな」

「ふーん」


「さて、【つばの城下町】におわす最上段層に降りて・・・、お偉方に会ってくるか」

「メリルも、メリルも……師匠と、どこまでも一緒に行きたかったです」


 なぜだか、メモリアは切実な表情でそんなことを言い出す。


「ははっ、次の任務は連れて行ってやれるかもな」

「それなら次は――どうか、ずっとお傍に置いてください」


「そんなに【星遺物】発見の場に立ち会いたいか。まあ貴重な体験だし、良い刺激を受けるからなあ」

「師匠っ! どうか、どうか――――ご無事で、」


 寂れた鉄製の扉に手をかけようとすれば、引き留めるようにしてメモリアが背後から声をかけてくる。

 振り返れば、メモリアがなぜか悲しそうに笑っていたので、片手を上げて答える。


 心配してくれるとはありがたい。

 きっと彼女がいなければ、私の研究室はもっとかび臭く、暗くて、光すら当たらなかったろう。

 それが今ではすっかり、陽だまりの研究室となった。


「帰ってきたら、メリルの研究テーマに付き合うよ」


「――――――ぉ忘れないで、くださいね?」


「もちろんだ。私は、君の誇りらしいからな」


 例え多くの人に罵倒されようとも、君の誇りにふさわしい人物でありたいものだ。

 そして弟子の面倒を見る以外にも、私にはやらなければいけない事がある。


 英雄神アキレリアから拝命された任務。

 それは【雲の断崖オリソンテ】の上空にあると言われる、神をも殺す【星遺物アーティファクト】の探索だ。


「行ってくる」


 私はまだ、ここで走り続けなければならない。

 そう誓いを込めて、今はもう動かぬ腕時計を優しくなでた。



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