第35話 やまざくら(9)
先輩と
それがぜんぶ終わって、花梨と先輩は、桜の幹の根もとのところに花梨のバスタオルを敷き直した。
その上にべたっと座って、こんどこそほんとうの休憩だ。
「さあ、おやつにしようか」
「はい」
先輩に言われて、すなおに答えてしまったけれど。
「はいっ?」
そんな!
あわてる。
「あ、いや、おやつは持ってきてないんですけど!」
それは朝に確かめたはずだ。だから先輩も知ってるはずなのに!
先輩は唇を閉じたまま照れが半分ぐらい混じった笑いかたをした。
ゆっくりと言う。
「わたしが持ってる」
「あ……えっ? でっ、でもっ、わたし」
「だから、二人分、持ってきたの」
言って、先輩は、リュックから大きい箱を出した。
高級菓子の入っているような木の箱だ。蓋を開ける。
なかからは、三つずつ二列になったお菓子が出てきた。薄いプラスチックの覆いがかぶせてあるのは、リュックに入れて振り回してもかたちが崩れないようにだろう。
先輩はそのプラスチックの蓋をはずす。
「
一つひとつかたちは違っているが、渋い緑色の葉っぱで包んであるのはどれも同じだ。
餅の色は、一つは白、一つはピンク、一つは鮮やかな緑だ。
「うん」
「あの……」
花梨はとっさにあの「まっすぐのバウムクーヘン」を思い出す。
「これって、もしかして先輩が作った……」
「そう」
当然のことのように先輩は軽く答える。
「お茶も持ってきたから」
そう言って、さっきまで飲んでいたのとは違う水筒をリュックから出した。花梨の水筒の湯呑みにそのお茶を注いでくれる。
「あ、あ……あ、すみません……」
「喜ぶのは早いから」
先輩は何か企んでいるような笑いを浮かべた。
「試作品だから、どんな味か知らないよ。花梨が実験第一号」
「じ……じっけん……って……」
「だいじょうぶ。わたしもいっしょにおんなじのを食べるから。花梨一人に危ないことさせたりしない。どれから食べる? あ、いや、どれがおいしそうに見える? それともどれもおいしそうに見えない?」
「いっ、いえっ! どれもおいしそうに見えますっ!」
力んで答えたのは、そうしないと先輩に悪いと思ったからばかりではない。
ほんとうに、どれも瑞々しくておいしそうに見えたのだ。
つやつやしていて。
先輩のほっぺのようで、とか考えたらまた自分のほっぺがかあっとしてくるので、途中でその考えは止めて。
「じゃ、ピンクのから」
花梨は、いちばん右のピンクの桜餅を手に取った。
先輩も、自分で言ったとおり、花梨と同じのを手に取る。
花梨がかじるのと同時に、自分もかじる。
「いっしょにおんなじのを食べる」ということばを、先輩はそのとおりに守っている。
「あ、おいしいです」
そう言って、そんなコメントでは料理番組では失格だな、と思う。
あれ?
手に持った桜餅をのぞいて見る。
「あ、白あんなんですね」
あんの味が普通とちがうと思ったのだ。先輩はおかしそうにくすくす笑った。
「それが、白あんじゃなかったりして」
「ええっ?」
じゃあ、何かやばいもの?
えーと。
謎の白くてやばいものの正体とは?
……思いつかない。
「それね、半分くらいお味噌なんだ」
「お味噌って……あの味噌汁の?」
「そう」
「ああ……」
たしかに、なんかそういう、お菓子よりもお食事っぽい香りがすると思っていたのだ。
後知恵だけど。
「京都のほうに花びら餅ってあってさ、それが甘いお味噌のを使うんだよね。それで、それをまねてみたんだけど」
「うーん」
なんかコメントしなきゃ。
「なんかこう、ストレートな甘みっていうのとは違いますけど、なんか、こう、深みみたいな……歴史の深みみたいなのを感じます」
「それは京都に伝わってるってわたしが言ったからでしょ?」
先輩はそう指摘する。でも嬉しそうだ。
次の白い桜餅は、中のあんが緑色だった。枝豆を使って作ったんだという。砕いてある枝豆の豆の食感がところどころに残っていて、それがいい感じだった。
「これで、皮のほうがピンク色だと、ほんと桜って感じがします」
というのが花梨の感想だ。さっきよりも偉そうだ。
最後の緑色の桜餅は、皮のほうに枝豆を入れたのだそうだ。あんは普通の黒あんだった。
「あんを赤くしたかったんだけど、うまくいかなくて」
というのが先輩の言いわけだった。でも、これがいちばん普通の「あんこ入りのお餅」に近い味だと思う。
最後にお茶をもう一杯いただいて、ごちそうさまでした、というと、先輩は、おそまつさまでした、と答えて、お
きれいなお辞儀だ。バスタオルの上でなければ、すごくかしこまった感じになっただろうと思う。
お菓子の入っていた箱を片づけようとリュックを引っぱり寄せた先輩の姿を見て、花梨は、やっと気づいた。思わず声をかける。
「先輩!」
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