第32話 やまざくら(6)
少し近づけば、また突き放される。
あの
あんなに優等生で、委員長も務めていて、中学校では生徒会長だった。派手さはないけれど、輪郭がきらきら見えるような魅力があって。
それに、さっき見せてくれた、あの寝ぼけモードも――。
あのきちっとしてしゃんとしたおばあちゃんに、寝ぼけ声でなまいきに言い返していた野生っぽさも。
「この子、頼れる」
花梨はあの姿を見てかえってそう思った。あの厳しそうなおばあさんに「恥ずかしいじゃないかッ!」と言われ、そして実際に恥ずかしいかっこうをしていたのに、それでも何も悪びれないで言い返していた。花梨ならば怒られただけで縮み上がって、何も言えなかったにちがいないのに。
濃いブルーに何か小さい絵がちりばめられているようなパジャマも似合っていて、かわいかった。
それに、そこからの変わり身の速さも!
「お茶とお茶菓子お持ちします」って言って、一〇分ぐらいで着替えてほんとうにお茶とお茶菓子を持ってきた。しかも、ペットボトルのお茶とかではなくて、ちゃんと熱いお茶を入れてきたんだ。
どこをとっても花梨では勝てない。勝てないだけじゃない。花梨はすなおにあこがれる。そんなひとだ。
そのひとの身がわりとして先輩のそばにいるのだったら、それで十分じゃない? ――と思う。
ひとはいろんなひとと関係があって――。
そのなかで「一番」になるのはとっても難しいことなのだ。
花梨は、ふうっと息をつく。
――さっき、先輩と抱きつき合って喜んで、そのときは、先輩にとって自分が一番だし、自分にとってはもちろん先輩が一番だと思えたのにな、と思う。
そう思うと、気もちは落ち着く。
さっきから先輩と話をしなかったわけではない。第二の城、第三の城と来て、どこも険しくて、それにそれほど人がたくさん入れたはずがないという話をして。
戦いのときに立てこもるだけならばなんとかなるけれど、領主の人が何かプランを立てたり政治のことを考えたり、武士の人や村人たちが長く暮らすのは、いくら昔の日本人ががまん強かったとしても無理じゃないかということを言って。
では、戦争になったときにはここに逃げ、ふだんはここのメンテナンスとかをやっていた人たちは、いったい何人ぐらいだったのか、
もちろん、資料がないから、花梨はもちろん、先輩だって推測でしか言えない。推測でははっきりした結論が出ない。それがかえって楽しい。先輩とずっと話がつづいて。
でも、こんなとき、仙道さんだったらもっといいことを言うんだろうな、先輩の求めているどまんなかの返事をするんだろうな――。
先輩との話で気分が高まったと思ったら、そこにそんな気もちが割りこんでくる。
それがどうにもできない。
仙道さんが相手では勝負になるはずがない。仙道さんは先輩と同じ中学校の出身で、少なくとも花梨よりは先輩と親しかった。それに、知力と体力と道徳心のどれでも、花梨は仙道さんに勝てない。
それに、あの仙道さんと「勝負」なんてしたくない。
喜んで先輩の後ろをついて行く。喜んで仙道さんの後ろをついて行く。それで花梨は十分に幸せだ。目を細めてにまっと笑ってしまうぐらいに幸せだ。
空は昼よりもはっきり曇ってきている。白くて明るい空だ。雨が降るような感じはしないけれど、さっきより肌寒くなってきた。
そういえば、最初に校門前で会ったとき、先輩は雨具のチェックはしなかったな、と思う。もちろん、傘だけでなくて、レインコートも持ってきているけれど。
いまは先輩のほうが先を歩いている。
花梨が疲れ果てたからではない。
第三の城跡から先は道がはっきりしていない。だから等高線の書いてないような花梨の地図では役に立たない。枯れ草の上を踏みしめ、ときには冬になっても枯れなかったらしい笹をかき分け、木立ちのなかで行く方向を探り出す。
しかもただ山に上がればいいというわけではない。第三の城よりも奥にあったかも知れない城跡にたどり着かないといけない。少なくとも、それらしい場所には。
そのために先輩が先に立って進んでいる。もう先輩は花梨をおいてずんずん進むことはなかった。枯れ草や笹に手間取って花梨が後れても、先輩は待っていてくれる。
そうやって先輩に追いつこうとしているあいだは、花梨は仙道さんのことや仙道さんと先輩の関係についてあれこれ考える余裕がなくなる。
そういう道が続けばいいと思ったし、そして実際につづいた。
だから、道が目的地にたどり着くのが、花梨にはかえって
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