第29話 やまざくら(3)
「昔、お城だったころは、ここが
先輩は、自分の箸で、自分の背中の側の、木がこんもり茂った小さい山を指した。
先輩ってけっこうお行儀が悪い。
「虎口、ってわかるでしょ?」
「はい」
それぐらいは勉強している。お城の入り口で、門と門のあいだにわざと空間を作って、攻めこんできた敵がそこにたまるようにした場所――というのでいいんだろう。
「じゃあ、そこの」
花梨は箸で指したりせず、顔をそっちに向けるだけにする。
先輩の言った「お城」と、いま二人がお弁当を食べているところのあいだが、いまいるところよりも一段高くなっていて、そこも木がまばらに生えているだけの広場になっている。
戦争になると町や村の人たちもお城に逃げて立てこもったという話を思い出す。
「そこの、そのお城の下のところが囲ってあって、庭みたいになってて、そこに武士の人とか村の人とかがいっぱい詰めてたわけですか」
「うぅん……わからない」
先輩はさくさくとたけのこを食べながら言う。
先輩のお弁当は、花梨のと
たけのこが入っているのは季節感というものだろう。
花梨のお弁当はいつもどおりだ。鶏の唐揚げとレタスと、にんじんとジャガイモのサラダと、バターライスにパセリの細かく切ったのが載っている。ぜいたくは言えない。それどころか、突然お弁当を作ることになってこれだけのものを作ってくれたお母さんには感謝しないと。
「そこだと城門に近すぎるから、もしかすると、上の城のほうに詰めたのかも知れない」
「でも、あの上のお城のところ、たくさんの人が入るには狭すぎません?」
「いや、たぶん、狭いから一つで足りなくて、三つもお城を並べたんでしょ?」
「うーん」
そうかも知れないと思う。花梨はきくことを変えてみた。
「村の人たちって、敵が攻めてきたらこのお城まで登ってきたんですよね? しかも、食べるものとか、だいじなものとかぜんぶ持って」
「うん」
「っていうことは、さっきのわたしみたいに、体力のない人もいたんですよね。あ、いや、昔はみんな農作業とか林業とかしてたから、体強かったんですかね?」
「でも、栄養はいまよりずっと悪かったはずだから、やっぱり体力なかったんじゃない?」
お弁当を食べながら女子どうしで話すことではない。
でも、花梨は楽しかった。
日が薄雲に
「じゃあ、みんな、あんな、いまのわたしみたいな苦しい思いをして、ここの坂、上がってきたんですね」
「荷物多いから、たぶん、もっとね」
先輩は、その空を見上げる。
「体力あんまりない人は置いて行かれたのかな? いや、そんなことないよね。足弱とか言って、体力のない老人とか女の人とか小さい子どもとか、いっぱいいたっていう話だから」
「じゃあ、荷物持ち係が決まってたとか?」
そうだ。
中学校のときの遠足でもやっぱり花梨がはしゃぎすぎてばてて、
中世の村人のあいだにもそういうのがあったかも知れない。
でも、中世だったらパフェはないわけだから。
お礼には何をあげたのだろう?
わらび餅とかかな?
「そういうのはありそうだね。たぶん、ふだんから山仕事とかしてる人が。ああ、あと、ここって
「あ、そういえば、さっきも、
「そういうの、いっぱいあったのかもね」
先輩は言ってくくっと笑う。
なんだ。先輩ってやっぱり怖くないじゃない。
これまでも何度もそう思って失敗してきたことを花梨はすぐに思い出す。
でも、いまは「だから気を引きしめなきゃ」という気もちにならない。
もっとも、これまでだって、そんな気もちになっても、実際には気を引きしめたりしなかった。気を引きしめるべきときに引きしめないで、突然落ちこむというのの繰り返しだったけれど。
しぱらく先輩はごはんをもぐもぐと食べていて何も言わない。
口のなかにごはんをほおばっている顔がなんだかかわいらしい。
花梨もバターライスを食べる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます