第28話 やまざくら(2)

 ふうっと息をついたとき、薄曇りの空から後光を受けて自分の顔をのぞきこんでいるのは守山もりやま先輩だった。

 下を向いているから、いつもは肩にかかっている髪が、肩に引っかかりながら自分のほうに垂れている。

 まじめな顔だ。いや、先輩はいつもまじめな顔だが、いつもとはまた違うまじめな顔だ。

 「あはっ」

 ばつが悪くてあいまいに笑うしかなかった。

 花梨かりんは地面に寝かされていた。花梨が持ってきた大きいバスタオルを地面に敷いて。

 おなかのあたりには先輩のタオルがかけてある。

 先輩が別のタオルかハンカチで花梨の顔の汗を拭いてくれる。

 「すみません」

 言って、肘を張って身を起こそうとする。

 「起きないで!」

 先輩がぶっきらぼうに言う。でもそれは叱ったのではない。慌てたのだ。

 「しばらくそのままでいたほうがいいから」

 言われて、ほっと息をつく――。

 ほっと息をついたつもりが、また激しく息を吸って吐いて、おなかや胸が激しく上下している。そのおなかを抱えるようにごろんと先輩のいるほうに寝返りを打ちかけ、枕がないので首が横にきゅっとなって、またもとに戻る。

 先輩に謝らなきゃ。

 「ごめんなさい」

 そう言わなきゃ。

 思うけど、まだ息が激しく出入りしていて、ことばになるはずの息がなかなかたまってくれない。

 守山先輩は、花梨の顔をのぞきこむのをやめて、花梨の頭のすぐ横に膝をついて、座り直した。

 「ごめん」

 先輩がそう言ったとき、それは、花梨が言わなければいけないことばを、いつまで経っても花梨が言わないので、先輩がかわりに言ってくれたんだと思った。

 だから、花梨は地面からとろんとした目を先輩に向けただけだった。

 「わたしがはやしさんに無理させたんだ。ごめん」

 先輩が、表情のない声でそうつづけたので、花梨は慌てた。

 起き上がろうとする胸のところを先輩が右手の手のひらを開いて押さえる。

 先輩、力、強い……。

 「わたし、林さんは体力あるって思ってたから、林さんに負けないようにってペース上げて、それで林さんに無理させた」

 「ははっ」

 花梨は弱い笑い声を立てる。

 「体力は、あるんですよ」

 きいたのがあや由真ゆまなら、「ほんとう?」と言い返すだろう。

 そしたら、「ううん、うそ」と答える。

 由真には、智力でも体力でも道徳心でも先輩より下だと言われた。そのとおりだと思う。

 でも。

 「体力はあるんだけど、加減を知らない、っていう……」

 言って、また笑う。

 先輩も笑みを浮かべた。

 下から見上げると、そのほっぺも頭のかたちも、たまごみたいにまんまるですべすべしてるんだな。

 先輩って。

 そう思うと、笑顔が消えないままで、先輩を見ていられる。

 「去年の里桜りおのときもそうだったんだ」

 先輩は、言って、ふっ、と強く息をつく。

 「あの子、すごくまじめで、すごくがんばる、って思って、わたしもそれ以上にがんばらないと、って思った。そして、里桜に無理させちゃった」

 「ああ」

 それで「里桜」というのがだれのことかわかる。

 「去年の委員の子のことですね……あ、いや、「子」なんて言っちゃいけないんだ。いま二年生の、先輩のことですね」

 「城のある町ワークショップ」委員の。

 「うん」

 「先輩のせいじゃないですよ」

 言って、花梨は肘をついて身を起こした。

 こんどは先輩も止めない。

 「里桜さんっていう先輩のことはよくわからないですけど、わたしは、そうやっていつもがんばってる先輩だから、ついて行こうって思ってるんですから」

 言って、自分のおなかにのっている先輩のタオルをはずす。足も引き寄せて、自分のバスタオルの上に「体育座り」する。

 「ありがとうございました」

 畳みもせずに、ぶん、と、タオルを先輩の前に突き出す。

 「うん。わたしも」

 先輩はやさしく言ってそのタオルを受け取ってくれる。そして言う。

 「林さんが落ち着いたんだったら、お弁当にしようか」

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