第25話 城跡の少女(8)
調べてみると、先輩と
でも、歩いて十分くらいの
だったら一二時少し過ぎには湯口温泉口に着ける。そこから
仙道さんはあの水色のワンピース姿で二人を送りに出てきてくれた。
「さっきはお見苦しいところをお目にかけました」
門を出て、最初に仙道さんは謝った。たぶん先輩にだろう。
先輩はゆっくりと仙道さんのほうを振り向くと、目を細めた。
「わたしたちだって、急におじゃましたりして」
そして、くっ、と短く声を立てて笑う。
やっぱり、委員長のあの寝ぼけっ子の姿を思い出すと、おかしかったのだろうか。
でも、いまの仙道さんの「清楚な女の子バージョン」もいいけれど、さっきの「寝覚めの悪い女の子バージョン」もいいと花梨は思う。ふだんは隠しているこの子の野生っぽさが見えたと思う。
自分も寝覚めの悪いときには野生っぽいのかな、と花梨はふと思い、いや、自分のばあいはたぶん寝ぼけていてだらんとしているだけだな、と思い直す。
「それにしても、仙道さんの家って、なんていうか、由緒ある家なんだね」
花梨が言うと、仙道さんは
「ううん、ぜんぜん」
と軽く答えた。
「うちはさ、ご先祖様は明治になってから新政府軍といっしょに来たんだって。だから親戚はみんな名古屋とか広島とか、西のほうとかにしかいない。おばあちゃんも、うちのひとも、それに集落の人たちも、だれもはっきりとは言わないんだけどさ、
よく知っていると思う。
花梨は自分の家が「代々」この新郷市に住んできたとは知っているけれど、では、いつからなのかというと、知らない。
仙道家の堂々とした「古さ」を見たあとでは、自分の家なんかそんなに古くないんじゃないか、なんて思ってしまう。戊辰戦争から、としたところで、それは
では、先輩の家はどうなんだろう、とふと思う。でも、そのことには触れずに
「でも、さっき見た書きものとかって、なんかすごく古そうだったけど?」
と仙道さんにきく。仙道さんは軽く目を閉じて首を振った。
「なんであれがうちにあるのか、よくわからない。そういう家だからさ、ここの村のものじゃなくて、うちのご先祖様が住んでたほかの町とか村とかから持ってきたものかも知れない。でも、明治のころから区長とかやってた家で、とくに空襲とかあったころはいろんなところから財産を預かってたらしいからね、土蔵があるから。そこでよその文書が紛れこんだのかも。あと、おばあちゃんは県の北のほうから来た人だけど、その一代前のおばあちゃんはここの近くの出身らしいからね。そっちの家のものが伝わってるのかも知れない」
「詳しいねぇ、仙道さんって」
花梨は感心した。
「わたしなんか、自分の家のことなんかぜんぜん知らないのに」
「おばあちゃんがいつもそんな話ばっかりしてるから」
仙道さんは軽く笑った。
道はさっきバスに乗ってきた道に出た。こんどはここからその稲荷森中学校前というところまでまた少し歩く。
「ご両親はいらっしゃらないの?」
前を歩く守山先輩が無遠慮にきく。
そうだ、守山先輩と仙道さんは中学校の先輩と後輩だったんだと思い出す。
仙道さんが答える。
「単身赴任……あ、いや、単身……じゃなくて、二人で、弟連れて広島のほう行ってます。でも、わたしはそのとき新郷高校受けるってもう決まってたから、こっち残って」
「急だったんだね」
「まあ……」
仙道さんはことばを濁しかけた。でも、きちんと答えをつづける。
「食品加工業で、それで兼業農家って、ここでこれからずっとやって行けるって自信なかったんじゃないかと思います。工場ももう立ちゆかなくなっちゃいましたし、広島のおじさんにはずっとさそわれてましたし」
「何なさってる方?」
その広島のおじさんが、だろう。
そこまできいていいんだろうか、と思うようなことを、先輩は平気できく。
そして仙道さんもはきはきと答える。
「外食のチェーン店っていうのをやってるみたいで、それを拡大したいって。でも、おじさんは自分で畑とか作ったことのない人だし、食材のこととか、自分ではわからないから。だから、そういうのに詳しいお父さんとお母さんに入ってほしかったんだと思います。お父さんもお母さんもずっと迷ってたんですけどね、去年、もうこうなったら行くほかないって思ったみたいです」
「じゃ、
「わからないです」
先輩の質問に、仙道さんは端整な声で答えた。
「おばあちゃんは、ずっと農家でやってきたんだから続けてほしいって思ってるみたいだけど、わたしには期待してないみたいですから。継がせるとしたら弟に、って考えてるみたいです。おばあちゃん、男尊女卑って考えには反対だって言うんだけど、けっきょく家を継ぐのは男だって思ってて、そういうところは頑固ですからね」
「公子の気もちとしては?」
先輩も淡々ときいていく。
「迷ってます。自分で畑の仕事とか畑の管理とかできるかっていうと、うーん、って思っちゃいますし。そういう知識もいるし、力仕事でもあるし、それに、一瞬も気の抜けない仕事ですから。いまはおばあちゃんが指図するから、手伝ってくれる人もいるけど、わたしが頼んでおんなじようにできるかっていうと、できないでしょうし。でも、わたしの家から梨の木も桃の木も消えて行くってやっぱりいやだから、何かはしたいって、ずっと思ってますよ」
仙道さんは何も言わないでしばらく歩いた。
仙道さんは掛け値なく自分と同じ歳だ。花梨は「将来」についてなんか何も考えていない。
でも仙道さんは考えている。仙道さんは偉いな、と思う。
けれどたぶんそれだけじゃないんだ、とも思う。
仙道さんがつづけて答えた。
「理想を言うなら、だれか中心になってくれるひとがいて、それをわたしがお手伝いできれば、とは思いますよ。それがいちばん楽だから。おばあちゃんは、だから、その役目を弟に、って考えてたみたいだけど、お父さんとお母さんは反対だし、弟もやる気はないみたいだから」
「うん……」
先輩は低い声で言った。
「いま、この県で農業、って考えたら、やっぱり、そういうの、出てくるよね」
「はい」
先輩の質問は、仙道さんには答えにくい質問だったと思う。でも仙道さんはごまかさないできちんと答えた。
先輩ももう何も言わない。道の横の歩道を駅のほうに歩いて行く。
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