第24話 城跡の少女(7)

 仙道せんどうさんの家を出たときにはもう一一時を回っていた。着いたのはまだ九時前だったはずだから、二時間以上もいたことになる。

 おばあさんから昔の写真を見せてもらったり、その木の箱に入っていた文書を見せてもらったりしているうちに時間が経ってしまった。

 あのあと、十分じゅっぷんほどしか経っていないのに、委員長の仙道さんの身の変わりようはみごとだった。水色で襟の白いワンピースを着て現れ、澄ました顔でお茶とカステラをお盆に載せて来て、それを、先輩、花梨かりん、おばあさんの順番にきちんと置いた。髪はいつもどおり二つに分けて後ろに結っていた。

 さっきのどろんとした寝覚めの悪い少女ではなかった。いつもどおりの、地味なのに輪郭がきらきら輝いて見えるような清楚な女の子に戻っていた。

 それがすむと仙道さんは自分の部屋に戻ったが、途中で、ほかの文書を取りに行ったおばあさんに呼び出され、また部屋に戻ったけどまたすぐに呼び出され、それからはずっといっしょに手伝っていた。別のアルバムを持ってきたり、掛け軸を持ってきたり、仙道さんはてきぱきと動いた。

 いつの間にか、あの広い部屋に、箱と掛け軸と半紙みたいな紙に書かれた書きものとがいっぱい広げられることになった。アルバムも何冊も出てきて、それも机の上と床の上に広げてある。

 じっと座っていなくてよくなって、足がしびれる心配をする必要はなくなった。

 昔のアルバムを見ても図師ずしやかたのことはほとんどわからなかった。でも、そのなんとか成長時代に改修される前の南堀川みなみほりかわのようすはわかった。いまと同じように深いところを流れていて、村の側は石垣になっている。向かい側は草の生えた河原が広がっていた。つまり、深さはいまと同じくらいで、川幅は広かったのだ。舟を何そうもつないである写真もあった。舟を使っている写真はなかったけれど、もしかすると、この写真が映された時代かその少し前には使っていたのかも知れない。

 その川から図師氏の山城のあった山を見上げた写真もあった。川の向こうにせり出して険しくそびえている。

 たしかに、ここの館が川に囲まれ、その川や平地を上からその山城が見下ろしていたならば、ここの館を攻めるのは楽ではなかっただろう。館に攻め寄せれば山城から弓矢で狙い撃たれる。だからといって、先に山城を攻めようとすれば、この川に舟でやって来て上がって行くしかなく、そうすれば岸辺に着く前に館からやはり弓矢で狙い撃たれる。

 昔の町の写真もあった。花梨は、自分の家が写っていないか、ずっと注意していたけれど、わからなかった。それに、先輩が、館とは関係のなさそうなページは次々にめくってしまう。どの建物かわかったのはあの古いお菓子屋さんの瑞月堂ずいげつどうだけだ。これはいまとほとんど同じ建物のままで写っていた。

 文書のほうは、花梨にはもちろん、仙道さんにも先輩にも、それにおばあさんにもまったく読めなかった。くずし字辞典というのがあると読めるかも、と先輩は言ったが、先輩は持っていなかったし、仙道さんの家にもそんなものはなかった。それで、ともかく、出してもらったものを先輩が片端からスマホのカメラと普通のカメラの両方に収めた。スマホにカメラがついているのに別にカメラを持ってきていて、その両方で撮るのが先輩らしいと思う。そうやって撮った文書は三十枚ほどになっただろう。

 九慈くじ軍と図師氏のいくさの話は、おばあさんの忘れていたことを委員長の仙道さんが覚えていた。

 図師兵庫頭ひょうごのかみという人がこの地方一帯を治めていたが、そこに、九慈くじの大掾たいじょうという流れ者がやってきて、自分はさわみやという宮様を奉じていると言って図師氏の領地を乗っ取ろうとした。それで戦いになり、図師氏は館を囲まれて苦戦した。でも、才人坊さいじんぼう――仙道さんによるとこんな字だそうだ――という、これもどこから来たかわからない流れ者のお坊さんがその九慈大掾の軍勢に暴れこんで退散させた、ということらしい。

 「字までわかっているってことは、それなりに広がってた話なんだろうけど」

 先輩がふしぎそうに仙道さんにきく。

 「でも、そんなお話、市史にも資料館報にも出てなかったけど? そういう昔の言い伝えとかはだいたい書いてあるのに」

 仙道さんは、じぶんのおばあさんと顔を見合わせてから、言った。

 「九慈大掾っていうのは、沢の宮という宮様を連れている、って言ったわけでしょう?だから、それに逆らった図師兵庫頭は、宮様に刃向かったってことになるじゃないですか?もちろんほんとうの宮様だったかどうかはわからないけど。それで、明治になってからずっと隠してたんじゃないですか? ただでさえ、ここって明治のときに官軍を相手に激しく戦った土地ってことで、新政府にはずっと目をつけられていたっていう話ですから」

 「ああ……」

 納得したのかしなかったのか、先輩はそう短い声を立てただけだった。おばあさんは仙道さんを眼鏡の後ろから見て、満足そうににっこり笑った。

 仙道さんとおばあさんでは顔のかたちはあまり似ていないけれど、こうやってほほえむと頬が盛り上がるのがよく似ていると思う。

 それでお昼近くになった。

 おばあさんも仙道さんも、お昼を食べて行くように勧めてくれた。でも、夕方までに転法輪てんぽうりん寺まで行かなければ、というので、花梨と先輩は勧めを振り切って仙道さんの家を出た。

 バス停まで委員長の仙道さんが送ってくれる。

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