第18話 城跡の少女(1)

 あの日、曇り空であんなにやりきれなく見えた家並みや畑がいまはきらきら輝いて見える。学校がある晴れの日よりもずっと明るく、全部がまぶしい。白い梨の花や緑色の新芽はもちろん、白っぽい土も、渋い茶色の塀や黒いトタン壁も太陽と空の光を反射しているように見える。

 花梨かりんは小さな溝を渡って学校への坂道にかかった。

 桜の木はどんどん新しい葉を出している。

 もう「新緑」でもない。濃い緑色の葉が濃い影をつくっている。

 そうか。あや由真ゆまとの帰りにここが暗く感じたのは、桜の葉が茂ってきたからだったんだ。

 花梨は時計を見た。

 七時四〇分――。

 先輩が決めた集合時間は八時だ。

 どんなにゆっくり登っても、校門のところには四五分には着ける。

 先輩は来るだろうか?

 由真には賭けだと言った。

 そして、花梨は、ほんとうは先輩は来ないというほうに賭けていた。

 由真の言ったとおりだ。二人しか委員がいなくて、その一人がやめると言って出て行ったのだ。残った一人が「集合場所」に来る必要なんかない。

 でも、いいんだと思う。

 奇跡が起こるのを待つゲームのように、先輩が来るのを校門のところで待ち続けるんだ。

 待つ時間は八時一〇分までと決めていた。

 先輩が遅れるということはまずありえない。でも、念のために、集合時間を超えて一〇分だけ待つ。

 そして、それだけ待って、あとは一人で決めたコースを回ろう。

 スマホの画面では小さくて地図が見にくいし、だいいち、図師ずし氏のやかた跡も転法輪てんぽうりん寺も、転法輪寺がもっていたという三つの城の跡も地図には出ていない。だから、花梨は、地図をプリントアウトして手書きで城跡の場所を書き込み、持ってきていた。

 学校からは、まず南堀川みなみほりかわ沿いの道を東に行って、図師氏の館跡に行く。そこから崖の上の城跡に行き、バスで駅まで戻って楽山城らくざんじょうに行く。そこからバスで湯口ゆぐち温泉の温泉口まで行き、温泉への道を少し歩いて左に入ると転法輪寺の跡がある。三つの城跡にはそこから登る。その奥にあったという城跡まで行きたいけれど、どうやって行けばいいかはまったくわからない。道のないところを歩かなければいけないかも知れないから、花梨は、白地にピンクと青の線の入った長袖のポロシャツに頑丈な運動靴を履き、デニムのズボンを穿いてきた。

 でも、いちばん奥の城まで行けば、と、花梨は思う。

 その下が湯口温泉だ。

 一人で温泉に行こうとは思わないけれど。

 でも、もし守山もりやま先輩がいっしょだったら……。

 先輩って、制服脱いだらどんな感じなのかな?

 あのほっぺはすべすべしていて、窓の外の明かりからコンピューターのディスプレイの明かりまで照り返してしまう。

 お月さまのように。

 全身、あんなすべすべの肌をしているんだろうか?

 その先輩の体にそっと触れたらどんな感じがするだろう?

 「はやしさん」

 うぅん、自分の肌までおんなじようにつるつるになるような錯覚まで感じるかな?

 考えただけで目がうるんでくる。

 「林さん」

 でも、そんなことを考えるっていうのは、もしかしていけないことなんだろうか?

 そうだ。気を引きしめなくては。

 待ち合わせ場所に先輩が来ていないにしても、目的地はいっしょなんだから、どこかで会うかも知れない。

 いや、きっと会うにちがいない。

 だったら、自分が少しでも先回りしていないと。

 かっこうの悪いところは見せられない。だらしないところを見せたら、こんどこそ先輩に嫌われてしまう。

 「林さんって!」

 ぎゅっと左腕をつかまれる。

 「きゃっ!」

 跳びのこうとしても腕をつかまれているので動けない。花梨はじたばたしようとする。でも相手はこともなげに花梨の腕を引っぱってじたばたさせてくれない。

 力が強くて抵抗できない!

 なっ……何者っ?

 いくら休日と言っても、ここは学校の前なんだよ!

 そんなところで、女子高校生をつかまえて悪いことをしようとするなんて!

 怯えきった顔をしているだろう。その顔で、自分をつかまえようとする悪い人をおそるおそる振り向く。

 「えっ?」

 すぐ近く――。

 花梨の肩だけしか隔てないで。

 そこに守山先輩の顔があった。

 あのお月さまのような頬を引きしめて。

 あの小さい目で花梨をじっとにらんでいる。口をぎゅっと結んでいる。

 怒っているみたいだ。

 花梨は一瞬でかあっと赤くなってしまった。

 「あわわわわわっ……あわわっ……あわっもっもっもりやませんぱいっ!」

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