第17話 乙女の決意(6)
「あ、いや、何も言ってないけどさ。でも
「あ、ごめんごめん。うん」
何か言わないと。
「ま、それは機会を見て聞いてみる。機会を見て、さ。でもさ、その前に、わたし、先輩に怒られないようにちゃんと準備しないと」
そうだ。ともかく準備することが先だ。
そう思いついて、やっとものが考えられるようになる。
「怒られたら、そんな話をするどころじゃなくなっちゃうから」
いや。
先輩なら、怒っていても、その話はその話で聞いてくれそうな感じはするのだ。
その「目が覚める系」の、桁の違う都会っぽい美人の話を。
だから、困る。
「そうだね」
「ところでさ、次って、花梨、いつ先輩に会うわけ?」
「いや」
声が詰まる。
「その、五月三日のお城めぐりのとき」
「あ、やっぱり行くんだ」
「うん。でもさ」
「でもさ」を言ってから、これは黙ってたほうがよかったかな、と思う。
「うん?」
でも由真に聞かれてしまったから、しようがない。
「じつはさ、行くって先輩に言ってないんだ」
「はいっ?」
由真が声を高くしてきき返す。
あたりまえだ。花梨はつづける。
「だからさ、前に朝八時に校門前集合って決めて、それからいろいろあったけど、その約束は取り消してないからさ。とりあえず、その時間に校門に行ってみようって思ってるんだ」
「……ってさ」
由真はことばを切った。
あきれてるんだろうな、と花梨は思う。
「いや、だって、先輩って花梨はその委員っていうのをやめたって思ってるわけでしょ?それとも、やめてないってちゃんと先輩に伝えた?」
「いいや。あれから会ってない。その話もしてない」
「じゃあ、集合場所になんか来ないんじゃない? いや、花梨とか
「だってさ、連絡先、何もきいてないもん。メアドも何も知らないし」
「あんたさぁ、そういうの……」
由真がまたことばを切る。
「そういえばあんたってわたしの番号もメアドもそういうのって何回も聞き直してたよねぇ、顔合わすたびに」
「うぅ……」
スマホを買ってもらって、由真から電話がかかってきて、すぐ登録すればいいのにほうっておいて、けっきょく着信履歴のなかのどれが由真の番号かわからなくなってしまう。そんなことを何度も繰り返した。
いつものことではあるのだけど。
「でも、だったらさあ」
そんなことにはかまわず、由真がつづける。
「委員会部屋に行けばいいじゃん。あの先輩、休み時間はずっとあそこにいるんでしょ?」
「ずっとってわけじゃないと思うけど、だいたいいると思う」
そこまで言って、由真が何か言う前に
「でもさ」
とことばをつづける。
「集合場所に行って、先輩がいなかったら、それでいいと思うんだ」
声がうわずった。
「でも、もしかして、先輩、わたしがほんとはやめてないって思っててくれないかな、って。なんか、それに賭けてみたいんだ。だから」
「……だから、ぶっつけ本番、ってわけか」
由真は、ふっと息をついてから、たんたんと言った。
そうか。
花梨が由真の性格を知っているのと同じくらい、由真も花梨の性格は知ってるんだ。
「花梨に賭けとか似合わないと思う」
「うん。わたしも似合わないと思う」
つい、そんなことを言ってしまった。由真はため息をつく。
「それにさ、そんな賭けに何の意味があるのか、よくわかんないけどさ」
「うん。わたしもわかんない」
由真は黙る。
もうこのままつづけるしかないと思う。
自分のすなおな気もちを言うことを。
「だからさ、その日までに先輩に会うのが怖い。それだけかも知れない。先輩に会って、もう来ないで、って言われるのが怖い。言われたら、それでも連れて行ってくださいってお願いするのかどうするのか。それも考えたくない。でも、そういうさ、それだけの気もちだけじゃないかも知れない。それがわたしにはわからない」
由真は、電話の向こうで、しばらく黙っていた。
そして、言った。短く。でもやさしく。
「がんば」
だから、花梨もほっと息をつく。
「うん、ありがと」
「じゃね」
優しい声だ。
「うん」
電話は切れた。
花梨はそっと電話を机の上に置く。
引っ返すことはできなくなった。
ちゃんとこの街のお城のことを調べて、考えて、ほんの少しでもいい、先輩の役に立たないと。
先輩は迷惑をかけても受け止めてると言ってくれた。
でも、それは、花梨が先輩の役に立ったときに、はじめて意味がある。
たぶん、がんばった、っていうだけじゃだめなんだ。
先輩は、花梨の一年上の委員が不登校になったのは自分の責任だ、そうするつもりがなかったとしても自分の責任だと言った。
やろうとしたこと、じゃなくて、やったことで、その意味は決まる。それが先輩の考えかたで――。
自分はその考えかたについて行かないといけない。
そのためには、少しでも結果を出さないと。
花梨は、息をついて肩の力をいったん抜くと、みんながカラオケに行っているあいだに図書館から借りてきた『土一揆と城の戦国を行く』という本へと手を伸ばした。
自分らしくない、と花梨は思った。そして、ちょっと得意だった。
ただ、このとき、あの「目の覚める系の美人」の女の人のことをすっかり忘れてしまっていたのは――。
それは、やっぱり花梨らしかったのかも知れない。
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