第16話 乙女の決意(5)
「もしかして、
「えっ……」
守山先輩、と言われたところで考えが止まってしまうのに、その先まで言われたら、よくわからなくなる。
「も、もういちど」
「だからさ、守山先輩って、原口悦子さんってひと、知ってるのかな?」
「えっと、守山先輩が、だれだって?」
「原口悦子さん、って!」
怒っている感じでないと花梨は思う。由真はひと文字ずつに分解して説明してくれる。
「原っぱの原と、口と、悦子っていうのは、なんとかへんに「説」、セツメイっていうときの「説」って字の右側で、それで、子」
「わかんないよぉ」
なんだかまた気が落ちこみそうだ。だいたいいまの字の説明がよくわからない。
わかったのは「子」だけだ。最初のほうは途中を聞いているうちに忘れてしまった。
「わたし、だって、先輩には怒られるか、それか、あきれられるか、あとはたまにお茶ごちそうになるとか、それぐらいで、そんなのあんまり聞いてないもん。あ、いや、ぜんぜんきいてないもん」
いや、先輩は言ってくれたのに、きいてない――っていうのは、あり得るんだけど。
でも、守山先輩が自分について言った話で花梨が覚えているのは、中学校からいっしょの子が同じクラスには一人もいなかったという話ぐらいだ。
「そう……っか」
由真は短く息をついた。
「それ、だれ?」
気になる。だから
花梨から由真を詰ってはいけないと思うけど、しかたがない。
「うん」
でも、由真は、花梨のその詰るような言いかたを受け止めてくれた。
「今日さ、カラオケ行って、部屋が片づくの待ってるとさぁ、すごい、なんて言うのかな、目の覚める系の美人、っていうのかな。大学生ぐらいだと思うんだけど、そんなひとが近づいてきてさ」
「はぁ」
「目の覚める系の美人」ってなんだろう? 「目の覚めるような美人」という言いかたは知っているけれど、どんなひとがそれにあたるのか、花梨には想像がつかない。
あの
もっと……こう……。
花梨のまわりにいないような、そんな「美人さ」なんだ。
由真が続ける。
「で、その人がさ」
その目の覚める系のひとが?
「あんたたち
「うん……それで?」
「あゆ子って知ってる、ってきくわけ」
「……あゆ子?」
どこかで聞いたような名まえだ。
「うん。守山あゆ子。それって守山先輩のことでしょ?」
ああ、そうだ。
最初に会ったとき、「守山あゆ子です」と言って、きれいにお辞儀したのだった。
先輩は。
自分は先輩の名まえも覚えてないんだ、とまた落ちこみそうになる。でも、その前に。
「……あ、えっ? そのことがそのなんとか子さん?」
「原口悦子さん!」
由真が強く言った。
「いいかげんで聞き取りなよ、もう!」
「もう」と言われても……。
「うぅ……」
ここは頭を抱えたいところだ。
「で、知ってるって答えたの?」
「いいや」
由真は軽く答える。花梨は、なぜか、よかった、と思った。
「だってさ、わたしたちはべつに守山先輩をじかに知ってるわけじゃないしさ」
「うん……」
でも、もしかして、「でも、先輩を知っている友だちがいます」とか言ってしまったんだろうか?
「そしたら、その原口悦子さん? 連休のあいだ帰ってるから、そのあいだに、あゆ子に――つまり先輩にってことだよね――会いたい、って。それで電話番号とかきいてきたんだけど」
そして、ことばを切り、声を落として言う。
「それ、花梨に伝えて、いいかな?」
「あ、……うん……」
花梨はどう答えていいかわからない。頭のなかでいろんなものがぐるぐる回っているようで、どういうことばを出していいかわからない。
「あ、いやっ」
由真は慌てて取り繕うときのようなうわずった声で言う。
「伝えるかどうするかは花梨に任せるよ、もちろん」
「伝える、って?」
「いや、だから、先輩にっ。だって、わたしたち、先輩のこと、知らないんだからさ」
「ああ」
そんなことを言えば、花梨だって知らない。
しかし。
何だろう? この頭をぐるぐる回る感じと、体がどこかに沈んでいくような重い感じは。
「目の覚める系の美人」の原口悦子さんが……先輩と?
先輩と、どういう関係なんだろう?
「あっ……あのさっ」
こんどは花梨の声がうわずる。
「それ……あ、いやいや、それじゃなくて、その原口悦子さん」
「うん」
「どんな感じのひとだった? あのっ、その、……目の覚めるような美人、っていうのはきいたけど」
「うぅぅん……」
由真はうなった。
ここで「花梨とは較べものにならないくらいの美人」とか言われたら、どうしよう?
「なんていうか、美人。目がぱっちりしてて、でもマスカラとか相当つけてんのかな。背が高くって。ほっそりした感じで。なんかすごい都会っぽい感じだったよ」
新郷だって都会だ。少なくとも「小都市」だ。
――でも、そういうのじゃないんだろうな、そのひと……。
新郷で「都会っぽい」って思うより、桁がいくつも違って、ずっと「都会っぽい」んだろう。
カラオケ屋さんが駅の前に一つしかないような、そんなのではなくて。
「でもさ」
由真はかまわずつづけた。
「なんかさびしそうにしてたよ。カラオケに来てるはずなのに、一人でさ。そうそう。あそこの店って、部屋に入るまで廊下から入り口の椅子の置いてあるところ見えるじゃん?」
「うん」
花梨はあのカラオケボックスの造りを思い出してみる。たしかに、廊下が奥に続いていて、そこから玄関のほうが見えるようになっていた。
「それで、わたしたちが部屋に移動したあとも、あの受付の前のところのソファか何かに座っててさ、で、さ、煙草出してさ、火、点けようとして、けっきょく点けずにまたしまっちゃったりしてさ。ぼーっと外見てた」
由真たちが部屋に入れたということは、その前に来ていたはずのその原口悦子さんというひとだって部屋に入れたはずだ。もしカラオケを歌いに来たならば。
どうして一人だけ外を見ていたのだろう?
もしかして?
その先を考えるのは、怖い。
それで、どちらに向けても考えることをやめる。おさえてしまう。
「もしもしぃ?」
守山先輩には花梨の知らないところがあるのだろうか?
もちろん、あるに決まっている。だいたい会って話したのが三回きりだ。
でも……。
「もしもしぃっ! 花梨? きいてるっ?」
由真に呼ばれて、はっとわれに返る。
「あ、きいてない。ごめん。何か言った?」
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