第15話 乙女の決意(4)
着信音が鳴った。突っ伏す勢いで手を前に伸ばし、スマホを拾う。
慌てていた。だれからの電話かわからないまま電話に出る。
「はっ……はっ、はいっ……!」
「
はじけるような声が飛び出して来た。
「うっ……」
がばっと身を起こすと同時に、のけぞるように思わず耳もとから電話を離す。
それを相手はきっちりきいていた。
「なに? うっ、って! ひとがせっかく電話してるのにさぁ」
「声、おっきいよぉ……」
花梨はそっと電話を耳につけて言う。
「ああ、ごめんごめん。夜遅いもんね」
九時半が夜遅いかどうかは……。
どうなんだろう?
相手は
「って、いままでカラオケしてたの?」
「うんっ! ……ってそんなわけないでしょうがぁもぅ」
楽しそうだ。
夕方のあの険悪さがうそのようだ。
でも、いま、花梨が「で、何?」とかそっけなく言うと、あの暗い会話に戻ってしまいそうで。
何を言えばいいか考える。
考えても出てこない。あせる。こんなことであせっている自分に「ばかばか」と言ってやりたくなる。言ってやりたくなるからもっとあせる。
だから、黙ったままだ。
「でさ」
由真が急にトーンを落とした。
「うん」
すると花梨もすなおに応じることばが出る。
「カラオケ行って、だいぶ遅れたけど
「うん」
何気なく答えたつもりだ。でも、緊張はそれまでの何倍にも跳ね上がっている。
中学校のときに英語の先生に抗議に行ったときの由真の姿が頭を過ぎった。
絶交する、まで行かないとしても、しばらくおつきあいをやめよう、なんて言われたら……。
でも、しかたないと思う。
花梨が、四人で遊ぶより、
「あのさ」
由真が言った。
「みんなで、花梨、応援しようって」
「はいっ?」
声がひっくり返る。
「応援って、何のっ?」
わたわたする。
「えっ? 何のっ? 何の応援っ? わたし、もしかして何かの試合とかに出るとか決まってるのっ?」
またホームルームとか小終礼とかで自分で知らないうちに何か決まった?
あり得るだけに……。
「だっ……」
こんどは由真が絶句する。
「もう、ほんとばかだねぇ、花梨って!」
「う」
そりゃあ、ばかだけどさぁ、と思いながらも。
「うぅ……ばかって言われた……」
「あったりまえでしょうが!」
言ったって何か変わるわけではなかった。由真は勢いをつけて言う。
「そうじゃなくて、花梨が守山先輩にぶつかって行くっていうのを、応援しよう、って言ってるの!」
「ああ」
守山先輩にぶつかる……。
先輩の体にぶつかるとどんな感じがするのだろう?
この前は、手の指が触れただけで、その冷やっとした感じでたちまち体の中が沸騰したみたいになってしまった。
そんなのだから、もし体全部でぶつかったりしたら……。
柔らかい?
それとも、やっぱり骨っぽい……?
いやいやいや、そんなことを考えているばあいじゃない。
何か言わなきゃ。
「いや、その、だからっ、……ぶつかるって……せっ、先輩にっ?」
最後のほうでは声が上のほうに行って途切れそうになる。
「だぁってそうじゃあん?」
由真が勢いを保ったまま言う。
「花梨がどんながんばっても、守山先輩の役に立つなんてありそうもないじゃない? だって智力と体力と道徳心と、どれかで花梨って守山先輩を上回ってる?」
智力と体力だけならまだいいけど、道徳心まで……。
いや、たしかにそうだけど。
守山先輩はきっちりしてるし、がんばる。
花梨はきっちりもしていないし、がんばらない。だれよりもがんばらない。
「うぅぅーっ……」
それはわかっていた。
でも、なんて言うんだろう?
胸のまん中を切り裂かれたような感じがする。
「だから、三人で応援する。それが友だちだから」
「ううぅ……」
いや、うなることはない。
「ありがとう」
正直に感謝のことばがちゃんと出た。
「あのあとさ……」
由真はしばらく口ごもった。
「うん?」
「花梨と別れてからさ、
「あぁっえっ……!」
唐突に言われてまた慌てる。
「いいのいいの。いや、わたしだってなんか意地になってたし」
意地になっていただろうか?
もう覚えていないし、そんなこと、もともとどっちでもいいと思う。
「あとで美朝にも言われた。それでさ、じゃあ、花梨を応援しよう、って」
三人でそう決めた、ということだろう。
さっき割かれたように感じた胸がこんどはぽっと温かくなる。
よかった、と思う。
「そのかわり、花梨だって美朝の展覧会のときにはちゃあんと応援するんだよ」
「展覧会って……ああそうか」
書道の。
「それ、いつあるの?」
「さあ、知らない。ずっと先じゃない? そういうのって、たぶん秋にあるんだと思うから」
由真はあっけらかんと言う。
いや、美朝なら、花梨が応援しなくてもちゃんといい作品を書くだろう。
やっぱりわたしって役に立たないよぉ……。
美朝にも、守山先輩にも、それにたぶん綾にも由真にも。
「それでさ」
花梨の感傷なんか相手にしないまま、由真の話はつづく。
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