第14話 乙女の決意(3)
「お城って何でしょう?」
文章は続く。
「お殿様の住みかでしょうか? 戦国武将が住み、恋をし、戦い、やがて滅んでいったロマンの舞台でしょうか?
もちろん、それには違いありません。この楽山城も、戦国時代から
けれども、戦国時代の人びとにとって、お城はもっと身近なものでした。
戦争が近づくと、人びとはお城に逃げ、領主や武士たちといっしょに敵の攻撃を耐えしのぎました。そのかわり、平和なときにも、人びとはお城の整備を分担して行ったりしていたのです。また、戦争に備えて自分たちの城を持っていた村もあります。お城は、支配者や武士たちのものであると同時に、そこに住む人びとみんなのものでもあったのです。」
何かの本を写したのだろうか?
いや、たぶん先輩が自分で書いたのだ。
「ふぅ……」
高校に入学して、勉強をがんばらなければいけなくなるというので買ってもらった大きな机だ。
けれども花梨は勉強をがんばらないので、机の上は広々と空いている。
だから、その机の上には先輩からもらった資料を持ったまま身を投げ出すだけのスペースがあった。
A4の紙にワープロで打って一枚埋めるだけで、花梨には厳しい。
先輩の作った資料はぜんぶで二四ページあった。
写真も入っているからぜんぶが文章ではないけれど、たとえ半分としても一二ページ分の文章だ。しかも、その写真も、たぶんぜんぶ先輩が撮ったものだろう。
先輩は一人でこれだけのことができる。
こんな先輩の役に立つなんて、自分にできるはずがないと花梨は思う。
勉強をするはずの机を、胸から上を投げ出して突っ伏すための場所にしか使えていない自分には。
――やっぱり、やめておいたほうがよかったかな。
いや。
やめるのは、やめたんだ。
いまやめたら、
進むしかないんだ。
顔を上げ、手でまだ握っている資料を見た。
ぼんやり見えていた資料に、あごをついたまま目をやる。
四十五度ぐらいの角度まで身を起こして、その資料のページをめくった。
ほんとに四十五度だったかはわからないけど、花梨の感じでは、四十五度ぐらいに。
先輩の文章の続きを読む。
「
一つは、
また、一つは、南側の峠の上にあり、南から山を越えて攻めてくる敵に備えるための城でした。南側にはほかにもいくつか城や砦があったと考えられますが、その跡は見つかっていません。
街の西側には三つの城がありました。いま、
この湯口温泉への道は、いまのようにトンネルや鉄道ができていない戦国時代には軍勢の通る道のメインルートでした。この三つの城は、敵が攻めてきたときに谷に住む人たちが逃げこみ、立てこもるための城だったのでしょう。
転法輪寺も当時は大きなお寺で、背後を山、前を崖に囲まれていて、転法輪寺そのものもお城と同じ役割を果たしたことでしょう。人びとや武将が立てこもり、敵と戦い、その攻撃をやり過ごしたのです。しかし、転法輪寺は江戸時代の初めには勢力をなくして小さなお寺になってしまい、明治の
「廃仏毀釈」の下に線が引いてあって「これ、わかるかな?」と赤ペンで書いてある。
それは花梨へのメッセージだろうか?
いや、違うと思う。
この「城のある町」委員会は県内のいくつかの高校で作っている会だ。この資料も、先輩が、花梨のために、というより、その委員会での発表のために作ったものだろう。
その高校生たちの集まりで発表して、いきなり「廃仏毀釈」と言ってわかるだろうか、という、自分向けのメモなのだ。
ちなみに、花梨はわからない。
「ははっ」
と弱く笑う。そのことばを調べもしないで、先を読み進む。
そんなことをしているから、先輩に怒られるんだよ、と自分につっこみを入れながら。
その文章といっしょに、図師氏の館の上の城跡、そこに残る石垣の跡、南の山の城跡、そして、転法輪寺の跡とその三つの城跡、城を囲む堀だったらしい窪地などの写真が載せてあった。
でも、花梨には、城跡は、山の高いところがこんもりしているだけにしか見えなかったし、石がたくさん散らばっているところや窪みが続いているところも「石垣の跡」や「堀の跡」には見えない。
これが見分けられないとだめなのかな。そう思ってため息をつく。でも、さっきのなんとかいう明治の事件がわからない人たちならば、この写真からそこが城跡だなんてとてもわからないだろう。
そういうことって先輩に言ったほうがいいのかな?
また机の上に伸びてしまいそうになりながら、花梨は紙をめくった。
そのページには写真はなかった。「もう一つの城跡?」というタイトルで先輩の文章が続いている。
「ところで、この転法輪寺は、この三つの城のほかに、もう一つ城を持っていたのではないかという説があります。また、湯口村には、悪い鬼が転法輪寺のお坊さんの説法を聞いて、悔い改めて大石を山に運び上げて城を築いたという伝承があります。このことを考えると、転法輪寺から続く尾根を湯口村の近くまで行った周辺にお城か砦があったのかも知れません。しかも、悔い改めた鬼が大きい石を運んだというのですから、もしそれが何かの事実を伝えているとすれば、石を積んだ城壁を持つお城だったのかも知れません。
そんなお城がいまもどこかに眠っている……。
考えただけで心が
花梨の心は躍るだろうか?
いや、こう書いたとき、先輩自身が、たぶん胸を高鳴らせていたんだ。
この城跡を自分で見つけてみたい。先輩はそう思っているのだろう。
そう考えると花梨の心もうきうきする。
でも。
そんな大発見の手伝いなんか、やっぱり花梨にはできそうもない。
そう思うとまた机に突っ伏してしまいかける。
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