第2話 チョロインは悪役令嬢に恋をする

 翌日。僕は重い足取りで、学園の門を潜った。

 帰宅後も父親からは、何かを言われたりはしなかった。婚約破棄が正式のものになっていたなら、父親に連絡がいかなければおかしいはずだ。

 という事は……しくじってしまったんだろうか。あああ、途中までは確かに上手くいってたのにいいいいい……!

 ……僕も、ローザをいじめないと駄目かな。うう、気が重いなあ……。


「マルグリット様!」

「わっ!?」


 そんな事を考えていると、突然後ろから誰かが勢い良く抱き着いてきた。その勢いで、僕は思わず前へつんのめる。

 あ、あっぶなぁ……! 演劇部で培った体幹でバランス取ってなかったら、今頃地面とキスしてたぞ……!


「ちょっと、何を……!」

「おはようございます、マルグリット様!」


 振り返ろうとしたところで、再度名前を呼ばれて抱き締められる。というか……この声、聞き覚えがあるような……?


「あなた、まさか……ローザ?」

「はい、そうです、マルグリット様!」


 恐る恐る名前を呼ぶと、声の主――ローザは翡翠色の瞳を輝かせ僕を見上げてくる。その姿からは、昨日までのおどおどとした様子は全く見受けられない。


「あ、あなた……わたくしを恐れていたのではなくって……?」


 あまりの様子の激変ぶりに、若干声を震わせながら僕は問う。するとローザは、更に瞳を輝かせた。


「恥ずかしながら、昨日までは。でも解ったんです。マルグリット様は、私をこの学園に相応しい存在にする為に、あえて厳しく接しておられただけなのだと」

「えっ、いや、そういう訳じゃ……」


 思わず素に返って否定する僕。それでも、ローザの熱のこもった言葉は止まらない。


「先日はチャールズ様方まで巻き込んで酷いご無礼をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。けど、皆様の誤解は、あの後私がちゃんと解いておきましたので」

「……は?」


 いやいや、ちょっと待って。聞き捨てならない言葉に、僕は唖然とした。

 それって、マルグリットが苦労してここまで積み上げてきた悪評が全部無になったって事? え、たかが一回ローザを助けただけで?


「……わ、わたくしが怖くありません……の?」


 一縷の希望を込めて、改めてそう問いかける。けどローザは、ハッキリと首を横に振った。

「いいえ、それどころか……キャッ、恥ずかしい」


 そう頬を染めるローザの反応には、見覚えがあった。僕がまだ蓮池真咲だった頃散々見てきた、僕に憧れる女の子の反応。


 ……この子、もしかして、俗に言う『チョロイン』……?


「さ、女同士歓談を深めながら、校舎へと参りましょう。マルグリット様」


 ローザの変わり身の早さに、半ば呆然としたまま。僕はローザに、校舎まで引きずられていったのだった。

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