王子令嬢は婚約破棄したいのにまわりが許してくれません~女子校の王子様、悪役令嬢に転生する~
由希
第1話 始まりはクライマックスから
「今、この時をもって、私、チャールズ・フォン・ラングレイヴとそなた、マルグリット・サリンジャーとの婚約を解消する」
気が付いた瞬間、告げられたのは、そんな冷たい言葉だった。
……えーと。
これは一体、どういう状況だろう?
目の前には、怖い顔で僕を見つめてくる複数のイケメン。
彼らに守られ震えている、小柄でか弱げな女の子。
切迫した状況だという事だけは、よく解る。
けど、何が一体どうなってそうなっているのか、それがサッパリ解らない。
「ショックで声も出ないか? だがあれだけの事をしたのだ、当然の事だろう」
困惑する僕の様子を勘違いしたのか、チャールズと名乗ったイケメンが更に不機嫌そうに言う。いや、だから、何が起こってるのかサッパリ解らないんだけど!?
……いや、待て。チャールズ? マルグリット……?
そこに思考が引っかかった瞬間。頭の中で何かが弾けて、記憶が一気に押し寄せてきた。
僕、マルグリット・サリンジャーはいわゆる、悪役令嬢という奴だ。
公爵家の長女として生まれた僕は、幼い頃、第三王子であるチャールズと婚約した。けれど十六になり、名門魔法学園に入学した時、ある出来事が起きた。
――この「白薔薇の学園に赤い薔薇の恋が咲く」、通称「薔薇薔薇」のヒロイン、ローザ・リリックとの出会い。
平民ながら優秀な成績により魔法学園への入学を許可され、更に心優しい彼女に、チャールズは次第に惹かれていく。それを快く思わなかった僕は、何かにつけてローザに冷たく当たった。
けどそれは、やがてチャールズの知るところとなり――今まさに婚約破棄を叩き付けられたと、そういう事である。
自分の事なのに妙に淡々としていたり、他人事のようだと感じるかもしれないが、それもそのはず。今ここにいる僕は、マルグリットであってマルグリットではないからだ。
『僕』の本当の名前は、
そして『僕』は、今この状況を物語として読んだ事がある。それがさっき言った「薔薇薔薇」である。
「薔薇薔薇」はローザを主人公にした、女性向けの恋愛小説。チャールズはそんな彼女の相手役の一人で、僕マルグリットは彼女の恋のライバルとして立ち塞がる役どころである。
ちなみにマルグリットはこの後、チャールズとの婚約が破棄された事で父親に見捨てられ、学園も辞めさせられて修道院送りにされる事になっている。それで、物語におけるマルグリットの役目は終わりだ。
こういった状況を、『僕』はよく知っている。現代の人間が、将来の破滅が約束されている存在に生まれ変わる。いわゆる悪役令嬢もの、婚約破棄ものなんて言われている。
転生したキャラが取る行動は様々で、何とか破滅を防ごうと奮闘するものもいれば、破滅した後で何かしらの形で成り上がるものもいる。中には前世の推しカプの為に、自ら破滅しようとするものもいるらしい。
さて、じゃあ僕はと言えば、『僕』が目覚めたタイミングが悪かった。よりにもよって婚約破棄を叩き付けられたその瞬間に目覚めたのでは、今から破滅回避など出来ようもない。
何しろ、実際にやってしまったのだ。いじめてしまったのだ。今僕の人格は蓮池真咲のものだが、マルグリットの記憶が「確かにやった」と主張している。
――だがここで、マルグリットの記憶が『僕』の知らない事実を告げてくる。
婚約破棄を望んでたのは、実はマルグリットの方が先だという事。けどそれを、父親が許してくれなかった事。
更には貴族としての生活そのものに飽き飽きしており、自由を求めていた事――。
マルグリットは、ローザに嫉妬したからローザをいじめたんじゃない。そうすればローザに心惹かれているチャールズが向こうから婚約を破棄すると踏んで、深刻になりすぎないように気を付けながらいじめていたのだ。
そうならば、恐らく、この後の修道院行きもマルグリット自身が望んだのだろう。確かに、修道院行きもモブ生徒の口から語られただけで、婚約破棄シーン以降マルグリットは「薔薇薔薇」に全く出てこなくなる。
『僕』は、破滅なんてしたくない。けれどこの運命が、マルグリットにとって破滅ではなく希望なのなら――。
「――おかしな事を申しますのね、チャールズ様?」
僕はなるべく反省してない風を装って、挑戦的にチャールズに言った。そんな私に、チャールズの顔の怒りの色が更に濃くなった。
「貴様……!」
「わたくしはこの学園に通うものとしての礼儀を、その平民の娘に教えていただけですわ。このように、大勢に詰め寄られる謂われはなくてよ」
「この女、いけしゃあしゃあと!」
ふふふ、どうだ? 演劇部で鍛えたこの演技力! チャールズを始めとしたイケメン達、いい感じにヒートアップしてきてるぞ!
「大体、人の婚約者に縋り付いて高見の見物とはいいご身分ね、ローザさん。言いたい事がおありなら、ご自分の口でハッキリ仰ったらどうですの?」
「ぁ……私は……」
「マルグリット! いい加減にしないか!」
僕の態度に完全にキレたらしいチャールズが、大きく身を乗り出す。その瞬間、彼に縋っていたローザが大きくバランスを崩した。
「キャ……!」
「危ない!」
反射的に、僕はローザの元へ駆け出す。そしてその華奢な体を、全身でしっかりと受け止めた。
「ふう……大丈夫? 痛む所はない?」
「マ、マルグリット様……?」
目を瞬かせるローザに、僕は、優しく微笑みかける。そして、震える小さく細い手をそっと握り締めた。
「気を付けなくてはいけないよ。その可愛らしいお顔に傷が付いたら大変だからね」
「……!」
ローザの白い頬が、みるみるうちに紅く染まる。そんなローザの様子に笑みを深めていると、そこに慌てた様子のチャールズが割って入った。
「な、何をやってるマルグリット! 離れないか!」
「あっ……」
名残惜しげな目で僕を見つめるローザから離され、一人取り残され……そこで、僕はやっと我に返った。
(……やってしまった……!)
ぶわっと、全身から冷や汗が吹き出す。顔から血の気が引いていくのが、自分でもよく解る。
『僕』――蓮池真咲は、『女子校の王子様』だ。
演劇部にいたのも、元は男役としてスカウトされての事。たまに女役をやる事もあったけど、回ってくるのは大抵男役だった。
そして、男役をやり続けるうちに、日常の仕草まで王子様っぽくなっちゃって……。
一人称が僕なのも、それが原因。ついにはスカートを穿いてないと、男と間違われるまでに……。
いやそれはともかく。これは何だか、とっても不味い予感がする……!
「……用事は、これで終わりですわね? では、わたくしはこれで」
「あっ、オイ、待て……!」
これ以上、何かを追及されたらたまらない。そう思った僕は、逃げるようにしてその場を離れたのだった。
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