第3話 ホウサンヤブレカブレ

 木々を撃ち割り駆け暴れる化け熊、もとい蜘蛛に姿を変貌させたる呪いの化身。


「..止まる処を知らぬ、か。」

追われる身としては戦々恐々、壊れゆく森と共に鎮まるのを待ってはいるが最早意味無し。


「容赦要らずと見ていいな?」

足を止め向き直り、長い筒に弾を込める。不規則に動く八本の足の一つの節を目掛けて狙いを定め、渾身の銃撃を御見舞いする。


「キュルラララ...!」

脚の一本を撃たれた蜘蛛は体勢を崩し大きくバランスを欠いて横に滑り、木々を薙ぎ倒し床に叩きつけられた。


「蜘蛛の寝姿とは珍しい、漸く動きを止めた」

これで呪いも鎮静化、となればいいが..。


➖➖➖➖➖➖


 「なんでこんなとこ来ちゃったんだ?」

 重太の様子を見るに学校も安全とは思えず家を出たはいいが行き場を失い、迷い迷ってバイト先の飲食店の厨房に隠れた。


「普段鍋入れてる場所に今入ってるんだよな。流石にバレないと思うけど...誰に?」

 ゆうべ誰かがしまい忘れたのか、台所に逆さまになって鍋が乾いている。お陰で隠れ場所を見つけたがいつまでここにいればいいのだろうか、両親が来る事は無さそうだが脅威がどこまでの範囲かわからない。様子を伺おうにも迂闊に外に出れば危険が伴う。


「如何なものか....ん、人がいる?」

物入れの扉の開いた僅かな隙間から小さく外が伺える。ゆらゆらと動く二本の脚、確実に人が店内にいる。


「一人..ここからじゃ殆ど見えないけど、同じく逃げて来た人かも。」

素性が知れず、明確な確認が取れない為不安が大きく伴うが一人で隠れているよりは救いの要素を感じ取れる。章吾は意を決し、物入れから飛び出し声を掛けてみる事にした。


「あの! 君も逃げて来たのかな?

僕もここに逃げて来たんだけど、君の家でもやっぱり変な事が起きて...。」

駆け寄った先の一番近い人に声を掛けた。

髪は長くて線の細い女性、見ると店の入り口付近にもう二人ほど人影が見える。


「ねぇ」 「……」


返事が無い。

聞こえていない筈は無いのだが、無視されているのだろうか。何も言わず背を向け、ただユラユラとその場に立ち尽くしている。


「..返事しないって、無視してるのか?

聞こえてるよね、ねえってば!」

グイと肩を掴み身体を回すと章吾は青冷め衝撃を受ける。女の目は黒目と白目が反転し、赤い血を流していた。


「な、なんだコレ...⁉︎」


『ア...アアア..!』

唸りのような金切り声を上げユラユラと首を揺らす。これに呼応し答えるように、入り口の二人がぐるりと振り向きこちらを見つめる。


「なんなんだよ、これぇ!」

見つめる二人が走り寄る。章吾の声に反応して牙を剥き近付き駆けてくる。


「ヤバい、これは絶対にマズい..!!」


➖➖➖➖➖➖


 『キュル..』 「……しつこい奴だ。」

 

 蜘蛛が再度起き上がる。撃たれた節は折られたままでフラフラと安定を欠いたまま大きな体躯をなんとか支えている。


「大筒を使うべきか..いや、弾数を増やした方が適切だ。他の節も頂くぞ」

長筒をしまい、短筒を二丁取り出し弾を込める。手数は単純に倍、弾数は更に多い。


『キュル..キュルキュルキュルキュル...!』


「正面から突撃か、やはり無知な獣。

...人を呪い祟るだけのけだものに過ぎぬか」

土を蹴る幾つもの脚に弾を放つ。

これでもかと撃たれた銃弾は乱雑に動く脚を的確に捉え、次々と節を折り崩していく。

やがて総ての脚を撃ち終えると、安定性を完全に失い巨大な体躯を床に擦り動きを止めた


『キュルルル..』 「粗末な貨車だ。」


銃を再度長筒に持ち替え、弾を入れ替える。

火力が高く、爆破性能の高い特殊な弾。


「仕上げの花火弾だ、綺麗に消え去れ」

無様に晒さられた頭に標準を合わせ、構える。


『キュル..ルルルル...!』

折れた節が発達し、再び身体から脚を生やす。

八本の脚の先端は地面を捉え突き刺さり、少し揺れると動かなくなり蜘蛛の身体ごとぐったりと生気を失った。


「…何だ?」

銃を構えながらおそるおそる近付くと地響きによる揺れが起こる。咄嗟に距離を取り銃を構え直すと、蜘蛛の下の土が盛り上がり、生気を無くした身体を上へと持ち上げていく。



「…成る程な、結局はお前という訳か。」


『グオォオォッー..!!』

蜘蛛の身体を持ち上げたのは大きな熊の体躯、土の中から蜘蛛の生気を吸い上げ元の姿に転生した。憤怒に満ちた化け熊が姿を現す。


「容易い事だ、狙う位置が変わっただけの事足掻こうと撃たれるだけの的に過ぎない」


『グオォォォ..!』 「..なんだと?」


一瞬で間合いを詰め、振りかぶった拳の一撃。

かつての化け熊には無かった脅威的な速さで重たい打撃を素早く当ててくる。咄嗟に銃弾で拳を防いだが殴られた衝撃で吹き飛ばされ、留めの一打の隙を逃してしまった。


「銃はどこだ..?

一旦お預けだ熊公。いや、蜘蛛公と呼ぶべきかどちらでも構わないが追いかけて来るな、いつまでもそこにいろ。忠犬の如くな」

手動で閃光弾を直接投げ当てる。

目が眩み、動きを鈍らせ自由を奪うがいつまで保つかは微妙なところ。限られた時間の中で長筒を探し、止めを刺さなければ手痛いしっぺ返しを受ける事になる。


「命拾いはさせんぞ、化け熊よ。」


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