聖女のホンキを見た

「えーと……有馬さん。俺は全く知らなかったんだけど、信也と付き合ってたの?」


 一応事実確認をするため、そう割り込んだ。

 やべぇ、怒り狂った有馬さんの視線が怖え。


「付き合う予定だったのよ!!」


 ん?


「というかあんたも悪いのよ! アタシと信也が付き合う下準備ができたと思ったとたんに、事故に遭って入院したりして!」


 えぇ……


「おかげで信也の意識が危篤状態のあんたのほうに行っちゃって、そんな雰囲気が吹っ飛んじゃったじゃないの!」


 なんか、すまんな。


「……いったい何が……?」


 あら。

 有馬さんの叫び声がやかましいせいで、マリアさんまでプレハブ小屋から出てきちゃったわ。

 しかし当の有馬さんは、マリアさんのことなど全く気にも留めずにさらにまくし立ててくる。


「たくさんたくさん頑張ってアプローチして、最後の一押しに薬まで盛ったっていうのに、なんであんたのせいで、まりかと信也が、信也がぁぁ!!」


 なるほど。そういうことね。

 まあ言いたいことはわかる。怒りの持っていき場所がないのもわかる。


 ん? でも薬まで盛ったとか不穏なこと言ってなかったか?

 ひょっとしてその薬のせいで信也が発情して、まりかの魅了に引っかかりやすくなってたなんてこともあるんじゃね?


「ああいや、そんなまわりくどいことするくらいならとっとと『好きです。付き合ってください』とか言えばよかったじゃないのさ」


「女のほうからそんな屈辱的なことできるわけないでしょう! 恋愛ってのはね、好きになったほうの負けなのよ!」


 うっわ、出たこの無駄にプライド高いやつ。

 だからって、信也を奪われてまりかにやつあたりしてる時点で、十分負けてんじゃないの? 戦わずして不戦敗。


 と思っても口に出さない紳士道。たしなみたしなみ。


「それを、それをまりか、あんたが、あんたさえいなければ!!」


「ご、ごめ……」


 うーん、まさしくBSS、いやWSSこじらせた恋する乙女の八つ当たりだな。

 マリアさんも見ていることだし、醜い争いをひとんちの前で展開しないでほしいから、ここはお引き取り願いたいものである。


「いやね、確かにまりかは許されないことしたけど……」


 だが、まりかがサキュバスハーフであることを有馬さんに言うのはやめといたほうがいい、と瞬時に判断した俺は、その後言いよどんだ。


「浮気されたほうがなんでまりかをかばうのよ! だいいち、あんたがこの女をちゃんとしつけていたらこんなことにはならなかったのに、えらそうに!」


 案の定、火に油を注いだような感じになり、もう後には引けない感じの有馬さんである。


 ただね、そのあとの勢い任せ発言がまずかった。


「いっそのこと、あんたなんか事故で死んじゃえばよかったのよ!」


 どうして色恋沙汰ってのはこうも人間を狂わせるんだ。

 言ってはいけないことだと分かるだろ、それくらい。


「……やめて! 悪いのはまりか、義徳は悪くないでしょう! 死んじゃえばいいなんて言わないで! 撤回してよ!!」


「うっ……」


 あら、予想外の展開。

 俺が自分でクレームをつける前に、有馬さんを非難してくれたのはまりかだった。

 有馬さんに言いたい放題言われてさっきまでしゅんとしてたのに、突然人が変わったようにまりかが強気になり、有馬さんはたじろぐ。


「死んじゃえばいいなんて、まりかが言われるならわかるよ。それなのに、悪いことなんて一つもしてない義徳が、なんでそんなこと言われなくちゃならないの? 義徳に謝って! 謝ってよ!!」


 ぐうの音も出ない正論に押された有馬さんだったが、どうやら引っ込みがつかないらしい。


「う、うるさいわね! こんな事態になったのはもとはといえば誰のせいよ! もうみんなまとめて地獄へ落ちちゃえばいいんだぁぁぁぁ!!」


 そこで有馬さんがヤケクソ気味に開き直り、ポケットから何かをまさぐりだした。


 手には、褐色の薬品を入れるような瓶が握られている。


 ……あれって……ちょい待て、いやな予感しかしないぞ。な、なんで中身をこっちにぶちまけようとしてるんだ?


「まりか、危ない!!」


「きゃうっ」


 俺は危険を察知し、とっさにまりかを突き飛ばした。そのせいで有馬さんがぶちまけた液体をもろに顔面にかぶる。


 バシャッッッッ!!


「あああああついいいたいいたいいたいあつい!! ああああああ!!」


 煮えたぎった油よりも熱く感じられる液体がかけられた瞬間に視界が失われ。

 不気味なにおいと音と痛みがまぜこぜで、ただただ叫ぶしかできない俺だった。


 意識を瞬時に失った事故の時よりも、生命の危険を強く感じる。


「あ……あ……義徳……よしのり!! しっかりして!!」


「義徳様!!」


 痛みに耐えられず必死にのたうち回る中で、まりかとマリアさんの声だけははっきりと耳に届いた。


 すると。


「これは……アシッドアタック……なんて危険な! いますぐ!!」


 ぽわーん。

 そんな効果音みたいなものが、視覚を失った俺のもとへと届く。


「いたいのいたいの、とんでけーーーー!!」


 ぽわーーーーん。


 ああ、これはきっと、マリアさんの力だ。そんな確信を得た。痛みが、薄れていく。


「ちゅうわーーーー!!」


 …………


 なんだろう。

 目は見えないのに、なんだか光に包まれてる気がするよ。


「大丈夫ですか!? 義徳様、大丈夫ですか!?」


 そうして不快な五感があっという間に消え去り、倒れたまま恐る恐る目を開けてみると。

 険しい顔で、俺に手をかざすマリアさんが見えた。抱きかかえられてる、役得……いやアースクエイク、大丈夫なのか?


「……聖女の力って、本当に万能だな……」


 だが、震動がおそってくる気配は微塵もなく、思わずつぶやいちゃった。恐ろしい。

 いや聖女なめてた。魔素のない世界でもアシッドアタックすら無効にするとは。


「……よかった……義徳様……」


 ──ああ、本当によかったよ。この容姿淡麗な生臭聖女の姿をまた見ることができて。


 そのとき、真上にあったマリアさんの顔からポトリ、と俺の頬に垂れてきたが、まださっきの液体でも残っていたんだろうか。ま、聖女の力で中和されたみたいだし多少なら大丈夫だろ。


「あ、あ……あんたがわるいのよ! そんなビッチ女をかばったりするから!!」


 一方。

 アシッドアタックなんて言うシャレじゃすまない攻撃をしてきやがった有馬さん、いや有馬容疑者は『俺が悪い』などという訳の分からない供述をしており。

 そのまま家の前から走り去ってしまった。


 瞬時に、それまで光にあふれていた聖女様から、憎悪のオーラが湧き上がってくる。


『……我、神ニ変ワリテ罪深キモノニ正義ノ鉄槌ヲ下セリ』


「……マリア、さん?」


 何やら呪文みたいなものを唱えながら、右手を掲げる様はさすが聖女様。絵になってんなあ。憎悪の気持ちが駄々もれだけど。

 でもごめん、こっちの聖女憎悪オーラのほうがアシッドアタックより生命の危険に直結してる気がする。今日は立て続けに恐怖心記録しんきろく更新する日かよ。


『裁キヲ、受ケヨ』


 そんな聖女様が、天に掲げた右手を下すと同時に。

 本当に60分の1フレームだけ世界が暗転したかと思うと、天から一筋の光がまっすぐにどこか近くへ下りてきた。


 どかーーーーん。


「ぎゃああああぁぁぁぁっっっっ!!」


 なんか断末魔が聞こえた。きっと逃げたあの人のだ。わかりみ。


 それにしても、あのレーザービームみたいな天からの光はなんだ。雷とは違うよな──


 ふらっ。


 ──ん?


「……義徳様に危害を加えた者は、これで、裁かれました……」


「お、おいマリアさん! マリアさん!?」


 今度は聖女様が気を失って、俺のほうへ倒れこんできた。焦るわ。


 ……まさかとは思うが、あれが以前に言ってた極大魔法、『裁き』ってやつなの? 魔素のない世界では使えないって言ってなかったっけ?

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