死んで花実が咲くものか
「……ジサツ?」
「はい」
イヤなキーワードに、思わず再確認。
「……なんで?」
全容がわからんので、気持ち程度に深刻な雰囲気を醸し出しながら尋ねると、聖女様はちょっとうつむいた。
「理性と本能のはざまで悩むようになるんですよ、サキュバスハーフは」
「……つまり?」
「他人に言えないような過激プレイをした後に賢者タイムを迎えて、自己嫌悪に陥るようなものです」
「言い方ァ!!」
「まあ、本能に支配されたサキュバスの心と、理性を重んじる人間の心のはざまで、どうしても葛藤が生まれるんです」
「……」
なんで賢者タイムの存在をマリアさんが詳しく知ってるのかともかく。
要は、サキュバスの血のせいで本能が抑えられなくて、それが落ち着いた後に人間としての理性を取り戻し、激しく自己嫌悪に陥るってこと?
「それでも、性欲に支配されていて、社会を知らない若いころはまだいいんですが、年齢を重ねて社会経験を積んでいくうちに、自分がほかの人間と違うということをいやでも痛感していくようになって、病んでしまうんです」
「若い世代に対する風評被害を広げるような発言はやめよう。十代だって理性を備えている人間は多数いるし」
「えっ、そうなんですか? アンジェリカ様が言うには、若いカップルほど底なしに延長しまくっていると……」
「ホテルベルサイユに住み込みで働いてる人間のセリフはなんだか重いなあおい! いや確かに著名な作家さんも自作内で十代の性欲は限りないとか書いちゃってるけどさ!」
第一、年齢を重ねても複数回余裕余裕、なんて逆に怖いわ。意欲と体力って比例して堕ちてくからな。
「……なあ、まりか」
そこで俺は顔の向きを変え、いちおうまりかを気遣ってみることにした。
「おまえさ、ひょっとしてすごく後悔してる?」
「……うん」
「何を後悔してる?」
「……」
いやこれ、ただまりかを追い込んでるだけかもしれない。
「いや、すまんかった。答えなくていいわ」
さすがに本気で死んでほしいとまでは思わなかったので、フォローするようにしたが。
「……いろいろな人に迷惑かけといて、こんなこと言うのは自分勝手だとはわかってるけど……心から、義徳を失っちゃったことが、一番、後悔してる……」
「……」
「……ホントだよ」
悲しそうなまりかの瞳から涙がこぼれ、俺の言葉はそこで止まった。
この態度が、表情が、涙が、すべて演技だとしたら、別の意味でまりかは大した奴だよ。
こいつがこんな演技できるはずがないってわかっちゃってるもんだから、たとえ結果として俺を裏切ったサキュバスハーフだとしても、これ以上責めるようなことができねえわ。あああもう!
「だから、ごめん……なさい……あああぁぁぁ、本当に……ごめん、なさいぃぃ!!」
「あっ」
まりかはその後、ガチ泣きになり、衝動的にプレハブを飛び出して外へ駆け出してしまった。
「あら……まりか様、出て行っちゃいましたね。まりか様の分のデスバーガー、どうしましょう」
一方、頬に手を当てて、あらあら感を見せつける聖女様。
「いや、デスバーガーはこの際どうでも……」
「よくないですよ。これはまりか様の
「……え」
「早く。追いかけなくていいんですか? 許す許さないは別として、一瞬の判断を間違えたら取り返しのつかないことになるかもしれませんよ?」
「……」
罰ゲームって聞こえた気がしたけど。
この聖女様は全く、人をあおるのがうまいのかへたくそなのかわからんなあ。
『取り返しのつかないことになるかもしれませんよ?』
──だけど、確かに、その通りだ。それで後悔したことがあるじゃないか俺は。
今この場で、まりかを逃がして解決する問題じゃない。
「ちきしょう! おい待てまりか!!」
少しのタイムラグをはさみ、俺もプレハブ小屋を飛び出す。
しかし、まりかはプレハブ小屋のすぐ前にいた。
「あらま……ん?」
ちょっと拍子抜けしたが、何やら女性と口論をしている。
「どう責任取ってくれるのよ! あんたの……あんたのせいで信也は……」
「……ご、ごめ……」
「ごめんなさいで済む問題じゃないでしょ! 返して、わたしの信也を返してよ!!」
口論というか一方的にののしられてるだけかもしれんが……あの女性、同じ科の
えっと、わたしの信也……って、どゆこと?
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