魔法の代償

 なんだろ。

 すっげえ、マリアさんの顔色が悪い。

 息遣いも荒くて苦しそうだ。


「マリアさん……?」


 思わずゆすりたくなったが、思いとどまってしばし様子をうかがう。


「……マリアさん!!」


 いったいマリアさんの身に何が起きた。

 心の中は焦りでいっぱいだが、こんな時こそ冷静に考えよう……


 ……うん、おそらく魔法使ったせいだな。というかそれ以外ないわ、魔力枯渇。


 この世界には魔素がないから極大魔法が使えないとか言ってたのに、俺へのアシッドアタックを治癒してくれただけでなく、なにやら恐ろしげな魔法まで行使して犯人に仕置きしたみたいだしさ。


 ぐったりしたマリアさんを抱えつつ。

 さて、そうであればアレが効くはずだ、とひらめいた俺は家の中へ戻るために立ち上がった。


「……まりか、おまえは」


「……」


 一方、まりかは一連の流れが濃すぎたせいで、何が起きたのかいまいち把握できてないようだ。

 俺がとっさに突き飛ばしたせいで、まりかに硫酸はかかってないはず。見た感じ異常も感じられなかったので、まずはマリアさんを優先しよう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……う、ううん……」


「マリアさん! 大丈夫?」


「あ、あれ……そう、でした……わたし、思わず『裁き』を詠唱して……」


 あの後、なんとかマリアさんを抱えてリビングに戻り、ソファーに寝かせてから冷蔵庫にしまわれていたヘバリーゼを飲ませた。

 まさしくマナポーション、効果はてきめんで、見る見るうちにマリアさんの顔色がよくなり、呼吸も楽になったみたいで一安心。


「まったく……この世界で大げさな魔法って使えないんでしょ? 無理しないで」


「は、はい……」


「でも……本当にありがとうね、マリアさん」


 自分の身を顧みずに暴走しないよう、自戒はお願いしたいが。

 それでも、マリアさんのおかげで、俺はこうやってここに五体満足で居られるわけで。

 礼だけはきちんと言わねばなるまい。


「……あ、い、いいえ……ただ、わたしがつい頭に血が上ってしまっただけですので……」


 自分でこれまでにないくらい、真剣な表情でマリアさんを見つめていた自信はある。

 そのせいかマリアさんはすぐに俺から目をそらし、頬を染めつつぼそぼそと答えてくれた。


 ──つい頭に血が上った、か。


 だけどさ。


「……それも、俺のためでしょ?」


 照れるマリアさんがかわいいのと、もしそうなら嬉しすぎることこの上ないので、少しだけうぬぼれてみることにした。


「あ、い、いいえ、あの、ですね、そうです、美人さんを見るとついつい股間に血が上ってしまうのと、おんなじです」


「言わんとすることは理解できるけど他にたとえがなかったんかい」


 案の定、聖女様はこの雰囲気を台無しにしてくれましたとさ。

 まあ、精いっぱいの照れ隠しと思っておきますかね。


「……ところで、義徳様」


「ん?」


「どうやって、わたしの魔力を回復させたんですか? おっしゃる通り、ちょっと魔力をマイナス160万レベルで消費してしまったので、簡単に回復しないはずなんですけど……」


「マジか。すげえなヘバリーゼ、マナポーション最上級レベルの効果あるんじゃねえか」


「……ヘバリーゼを、飲ませたんでしょうか? わたしに?」


「当たり」


 俺が瞬時に回答をするや否や、マリアさんの顔がさらに真っ赤っ赤に染まる。


「ま、まさか……義徳様の口移しで……おまけに舌なんかも入れたりしちゃったりとか……?」


「アースクエイク起きてねえだろ!! んなことしないっての!」


「あ、あの、緊急避難的な状況ならば、下を挿れたりしなければアースクエイクは発動しないですけど……」


「した違いか。まあ、瓶から直接注いだだけだから安心してくれ」


 どっかの童話じゃあるまいし、そんなことする余裕なんてなかったわい。


「そ、そうですか……まあ、義徳様なら……べつに……」


「ん?」


「あ、い、いいえなんでも……あら?」


 マリアさんがそこで上半身だけ起き上がらせたが、すぐに玄関の方に気を取られた様子。

 つられて俺も玄関のほうを向くと。


「あ、あああ……ごめんね、ごめんねぇぇぇぇ……まりかのせいで、ごめんねぇぇぇぇ……」


 そこには、グズるまりかが立っていた。

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