聖女は叛逆の魔女だった……?
初仕事を終えて、いろいろくだらないことに時間をとられ、なんだかんだで日曜の夜。
なぜかちょっとだけご機嫌な香奈子さんが、リビング兼ダイニングで俺とマリアさん二人を前に晩酌を強要してきた。
「まあ、とりあえず。新しい家族であるのどごし嬢の就職を祝おうじゃないか」
「自分が飲みたいもんだからって、無茶な理由つけて飲もうとしてるな、香奈子さん」
就職祝いってどゆこと。一生の仕事にするのかさおだけ屋を。
そうも思うのだが、いちいちツッコミをしているときりがないんで黙っておこう。
「歓迎ッッ! 桑名家へようこそ、のどごし嬢! 期待ッッ! 今後もアタシの肩こりを癒してくれることを! 乾杯ッッ!」
もう就職祝い関係ねえ。そしてマリアさんの立ち位置が『香奈子さんの肩こり癒し係』と完全に位置づけられた瞬間であった。
「ありがとうございます理事長!」
「俺、緑の服着てこなきゃダメかな? あと連続で二日酔いしたくないんだけど」
「ストロングテロ500mLを一、二缶くらいならさしたる影響出ないだろ」
「出るわ。なんでそんな強い酒出してきたの」
いろいろな世界がごちゃ混ぜになっているカオスな空間である。
ちなみにストロングテロとは、甘くないアルコール炭酸割りだ。『酒は味ではない、酔えればそれでいい』というこだわりを持たない酔いどれどもに大人気。値段はリーズナブルなのに、アルコール度数は驚異の20%。
依存症の方々はもちろん、仕事後の晩酌を楽しみにしている層の日常生活すらも見事にぶち壊した、典型的ダメ人間製造酒と位置付けられている。
「はぁ……心が回復していくぅぅ……」
「おい待て聖女。心と魔力ってどう違うんだ」
早々とストロングテロの缶を半分ほど一気にあおっているマリアさんに、あきれ顔が隠せない。またゲロっても知らんぞ。
「二日連続でお酒が飲めるなんて、こんな幸せな生活が夢のようで、心が癒されるわけです!」
「強調しなくてもいいけど……ああそういうことね、うん」
貧乏はまず心をむしばむ。生活の余裕は心の余裕だ。
しかしストロングテロを一気に半分飲むとは、マリアさんってけっこう酒強いんじゃねえかな。
………………
…………
……
そうして、俺をのぞいてハイテンションだった宴は続き。
「足りません!」
ストロングテロが三人合わせて六本消えた。目の前には酒の力で赤みを帯びたマリアさんがいる。
この様子からして、決して酒が強いわけではなさそうだが、この時点でいやな予感がしないのであれば、危機意識が足りないといわれても反論できまい。
「明日は大学あるんでしょ、マリアさんも。自制してこの辺でやめといたほうがいいんじゃない?」
「酒と運命は飲んでも飲まれるな、ですよ!」
「どっちもすでに飲まれてんじゃねえか」
ため息しか出ねえ。酒大好き聖女様。
「まあまあ、こんなこともあろうかといちおう予備の酒を用意しておいた」
そこで気を利かせた香奈子さんが、テーブルの上にポリエチレンの容器に入った酒をドンっと……
置き……
「……これ消毒用アルコールじゃん!?」
「大丈夫だ、八アセチルショ糖やイソプロパノールが添加されてない、酒税のかかるほうの消毒用エタノールだからな。飲んでも問題ない」
そういう問題じゃないとは思ったが、隣の聖女様はさっそく消毒用アルコールをグラスにそそぎ、ちびっと味を確かめていた。
「……おいしいです! これなんてお酒ですか?」
「ラベルみりゃわかんだろ」
「エタノールの味がして、おいしいです!」
「そりゃメタノールの味がしたら死ぬわ。というかこの消毒用エタノール、さっきバイトから帰ってきたとき、玄関で手のひらにすり込んだやつなんだけどいいんか」
「汚れた心が消毒されそうです!」
「マリアさんの心は細菌やウイルスに感染していたんだな……」
「心も
「エタノールで消毒するのをエタるとかいうな! ウェブ小説家がエタノールで消毒することを躊躇したらどう責任取るんだYO!」
一粒ならぬ一滴三百メートル。聖女のお酒はハイテンションです、巻き込まれ確定。
そんな俺たちを、香奈子さんは生暖かい目で見ていた。
「まあまあ、気兼ねなくエタりたまえ。骨は拾わんが」
「燃え尽きる前提やめて!」
そんな目は求めてないから、ちょっとは止めてくれよ。
結局そのテンションのまま、二時間後。
当たり前のように、聖女はトイレの中で祈りをささげる羽目になった。
いや、懺悔かな。
―・―・―・―・―・―・―
「うぅ……頭が痛いです……」
「自分の回復できないってわかってるんだから、飲みすぎなきゃいいのに」
次の日の朝。さわやかさとは縁遠い月曜日、案の定というかクラッシャージョウというか、のどごし
香奈子さんはすでに仕事へ行ったので、ケアできるのは俺のみ。
「で、どうすんの? つらいなら休んでてもいいけど」
「あ……いいえ、今日は必修講義がありますので欠席するわけには……」
「じゃあ、一緒に行くか。歩けそう?」
「なんとか……あ、持病のシャクが……」
ふらっ。
「おっとと」
慌てて聖女を支える。
しゃーねーな。
「ほら、ヘバリーゼ飲んで。支えてあげるから、一緒に大学行こうか」
「ううう……本当にすみません、何から何までご迷惑を……」
「ほんとだよ」
悪態つくほどうんざりしているわけじゃないけど、軽くそう答えてみた。
ま、この状態ならアースクエイクも発動しないだろ。
「ところで、マリアさんって何学部なの?」
「あ、はい……神学部、です……」
「ああなるほど。すっげえ納得」
さすがは聖女。
神学部なら、工学部のすぐ隣だな。なら迷うことはないか。
というわけで、ふらふらするマリアさんが倒れないように時には肩を貸しながら大学内の神学部へ到着すると。
ざわ……
ざわ……ざわ……
『おい、見ろよ……』
『ああ、本当だ……なぜ、万葉大の
『あいつ、死んだな……』
なんか知らんが、やたら遠巻きに見られながら、言いたい放題言われている。
いやたしかにマリアさんはこれだけ注目されておかしくないほどの美女だけど、それだけじゃないなコレ。
「あ、ここで結構です……ありがとうございました……」
「あ、ああ。本当に無理しないで、無理そうなら家の鍵渡すからさ、連絡入れてよ」
「は、はい……義徳様に、感謝いたします……」
まだふらつきながら、神学部学舎へ消えていくマリアさんを心配そうに眺めていたら、突然後ろから声をかけられた。
「おい、そこの人! 大丈夫か、死んでないか? まさかアンデッド化した学生!?」
「ああん? 失礼なやっちゃな」
そんなに俺の見た目がゾンビに見えるのか。ちくしょう。
怒りを込めて声の主を睨んだら、『ひっ』と少しだけビビられたが、すぐさま気を取り直したかのように話を続けられる。
「あ、ああ、いきなりすまん。だが大丈夫なのか、あの『叛逆の魔女』の身体に触れて五体満足なんて……信じられない」
「……叛逆の魔女?」
「そうだ。彼女の身体に触れた男が、謎の力のせいで今まで何人病院送りになったことか……」
「……ふーん、ウィッチじゃん」
聖女なのに魔女扱いされてるって不憫ね。だからマリアさんに近寄る人間がいなかったんかな、転移者以外では。
つーかそれ、確実に下心がありすぎたから、アースクエイクの被害に遭ったんじゃねえの?
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