聖女のさおだけ屋

 明けて日曜。

 聖女様は今日バイトの面接日である。


「あ、義徳様、おはようございます!」


「……なんで修道服着てるの」


 起きて身支度もそこそこにリビングへ出たら、なぜかそこには修道服を着た聖女様がいた。

 朝から生コスプレ。まあ夜にやったら、いかがわしい何かのフーゾクにしか思えないけどな。


「だって今日はバイトの面接日じゃないですか。勝負服を着ていかなければなりませんし」


「聖女の勝負服って修道服なのかよ。普通の恰好でいいだろ」


「え? いやでも、わたしという人間に付加価値をつけるためには……」


「逆に価値が大暴落するわ。ゲンさんですら引くぞ」


 聖女の常識、非常識。

 ひょっとしてマリアさんがバイト面接全滅してたのって、履歴書だけじゃなくこっちのほうが主な理由だったんじゃね?


「まあまあ、ゲンさん相手ならこのほうがウケるかもしれんぞ。面白いからほっとけ」


「面白いとか言っちゃったよこの叔母さんは。まったく……」


 一方、香奈子さんは香奈子さんで悪趣味な楽しみ方をしているが。


「いやいや、考えてみろ。ただのさおだけじゃなくて、修道服を着た聖女、しかも金髪美女が売るさおだけ、となってみろ。物珍しさも手伝って大繁盛する可能性が普通よりも大きいだろ」


 もっともらしい理由を後付けしてきた。

 こんなところで異世界からやってきましたアピールを使ってどーすんだよ。ネバダから来ました、的な矢島美容室とそれほど変わりねえぞ。ただのイロモノ扱い。


 まあでもそれはそれで真理かもしれないので、それ以上口に出すのはやめた。


 ただ、モノがモノだけに大繁盛するってのはないと思う。

 それで大繁盛するくらいなら、『聖女の霊験あらたかな壺』とかを売りさばいた方がよっぽど儲かるだろうから。



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして、一人では不安だからとすがられ、マリアさんと一緒にゲンさんのところへ行き、晴れてマリアさんは採用された。ちなみに二秒で即決即断。


 まあ、そこまでは良いとして。


「……なぜに、俺がリヤカーひっぱってさおだけ売りを手伝わなあかんのか……」


 マリアさんと一緒に行商する羽目になった俺。どうしてこうなった。


「すみません! すみません!」


 一方で、マリアさんが並んでリヤカーを引っ張りながら、愚痴る俺に対し、涙目で謝罪を繰り返している。


「まあ、マリアさんが悪いわけじゃないのはわかってるからさ。まったく、ゲンさんもいい年こいてファンキーすぎんだろ。まさか軽トラの中でマリアさんにセクハラするとは、陳宮ですらきっと思わなかっただろな」


「なんでそこで陳宮なんですか?」


「いや諸葛亮とか周瑜とか、一流どころなら気づく可能性あるじゃん」


「そうですか、三国志は登場人物が多すぎてよくわかりませんけど……本当にうかつでした。聖女の加護を最初にゲンさんに説明していれば、と悔やまれてなりません」


 即採用、即労働となったはいいが。

 助手席にマリアさんを乗せ出発しようとした軽トラが、いきなりカーセクロスをおっぱじめたかのように揺れ出したのを目の当たりにしたときは、さすがの俺でもビビったぞ。あんなに激しく揺れたらすぐに逝っちゃいそうだわ。


「いやまあ、それを知ってたところで未然に防げたかはわからんし。正直なとこ、俺もなめてたもん。アースクエイクってやつを」


 ちなみにアースクエイクの魔法は、マリアさんの周りだけにしか発動しなかった。今回は軽トラ全体程度。


「え、ええ……本来は胸を触られたくらいなら、あそこまで激しい揺れにはならないのですが……」


「そうなん? ならなんでゲンさんは、全身粉砕骨折するまでの超振動にさらされたの?」


「あ、あの、全体をこねくり回すようにいやらしい揉み方をされたので、わたしも嫌悪感がマックスパワーになってしまって……」


「ファッ!?」


「ク、が抜けてますよ」


「うん、それもうセクハラじゃなくてレイプだよな」


 自業自得だ。同情はしない。

 ちなみにゲンさんは即死かと思われたが、マリアさんが直後に慌てて発動した聖女の力のおかげで、なんとか一命はとりとめた。だがしばらく身動きはとれなさそうである。

 それにしてもすげえな、全身粉砕骨折するほどの超振動って。無事なとこ、骨がなくても硬くなってる第三の脚だけじゃん。キース・レッドのグリフォンも真っ青。

 いやそれより脳細胞は無事なの? 修羅なゲートのほうの片山右京から菩薩掌食らったときみたいに、目や耳から血を流したりしてない?


 …………


 うん。何度目かは忘れたけど、聖女の力は万能、ということで納得しとこう。いちおうゲンさんは生きてるわけだし。マリアさんを見る目は明らかにおびえてた、というか死んでたけどな。採用取り消しにならなくてよかったね。


 まあそんなこんなで。

 軽トラもサスが逝っちゃってるし、もう使い物にならんので、仕方なくリヤカーを引っ張りつつさおだけを売ってるわけだ。


 道行く人々とすれ違うたびに視線は刺すような痛さだが、肝心のさおだけが売れる様子はまるでない。シスターのコスプレやってるやつらが、さおだけを運搬してるようにしか思われないかも。


「マリアさん、そこにある拡声器使って、アナウンスしてよ。このままじゃ、さおだけを売ってるってみんなにわからないから」


「え? ええ? なんてアナウンス……すればいいんでしょう?」


 アナウンスを促すと、マリアさんが顔を赤らめて躊躇する。

 美女の恥じらう表情はとてつもなくプライスレスなんだけど、このままじゃ金は増えない。


「あれでいいじゃん、『たーけやー、さおだけー』って例のやつ」


「え、ええ!? ちょっと……恥ずかしいです」


「仕事なんだから恥ずかしがらずにさ」


 おお。『仕事なんだから』、という部分にマリアさんが反応し、腹をくくったようである。


「わ、わかりました。精いっぱいアナウンスさせていただきます」


「うん、よろしく」


「たーまやー」


「誰も花火なんて売ってないけど?」


縺溘?縺代d繝シ縲√&縺翫□縺代?たーけやー、さおだけー


「誰が異世界語でアナウンスしろと言った。みんなにわかるようにやってよ」


「売り物ー、さおだけー」


「まあそりゃ、サオだけ屋でアワビとか赤貝売ってたら変だわな」


「奥さーん、さおだけ屋です」


「一昔前のエロ動画のタイトルみたいな物言いはやめろ」


「これを買えば奥様満足! 太くて長い竿だけに、今ならアースクエイク機能もついて、ぶるぶる震えます!」


「あー……歩く大人のおもちゃ屋っていう斬新な形態になってるわ……」


『すいませーん! ぶるぶる震えるさおだけくださーい!』


「このアナウンスで買うやついんのかよ!? まいどありがとうございます!!」


 もうヤケクソ。

 細けぇこたぁいいんだよ、売れれば。



 ―・―・―・―・―・―・―



「わりと売れましたね!」


「ああ、うん……」


 ちなみにその後二時間ほど町内を練り歩き、さおだけはトータルで五本売れた。しめて五千円なり。

 これでわりと売れたといっていいのかはわからん。


 そういえば、さおだけの粗利っていくらなんだろうか。ゲンさんが話せるようになったら尋ねてみよう。


「というか、なんか疲れたわ……慣れない仕事だったし」


「そうですね、わたしもこれほどまでに歩いてリヤカーを引っ張ったのは初めてで、けっこう疲れました」


 これでいったいマリアさんはいくら稼げたんかな。

 歩合制なのか、それとも時給なのか、そのあたりすらもあいまいなんだけどさ。


 はぁ、と俺がため息をつこうかな、なんて準備をしてたら。


「でもでも。すっごく、楽しかったですよね! よね?」


 聖女様にそんな同意を求められたので。


「……マリアさんは、楽しかったの?」


 返答に困った俺は、質問に質問で返すという手段をとる。


「はい! 誰かと一緒に、こうやって働くこと自体初めてでしたので! 義徳様と一緒にさおだけを売ることができて、とっても楽しかったですし」


「……ま、ならいいんだけど」


「それに、付き合っていただけて、とても感謝しています!」


「……」


 本気で言ってることに間違いないだろうから、リアクションに困るなあ。


「わたしの初めての相手が、義徳様でよかったです!」


「アースクエイクの被害に遭って全身粉砕骨折したくないから、知らない人が聞いたら誤解されるような言い方やめて」


 感謝の意を述べる聖女様を、いや正確には聖女様の加護を誤発動させないようにやんわり否定。


 ……でもまあ、確かにね。ちょっと残念ではあるけどふつくしい聖女様といっしょにさおだけ売るのは、つまらなくはなかったけど、さ。


 自分がそんなふうに考えてるのがちょっとだけ不思議で、それをどう伝えればいいのかわからずにただ自分の頬をポリポリと掻いていると。


「じゃあ、次のバイトもよろしくお願いしますね、義徳様!」


「……へっ? 次?」


 なぜか次の予定も勝手に決められていた。

 え、俺も一緒にさおだけ屋のバイトするの、確定なん?


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