いろんな希望

「香奈子さーん。マリアさんが、ゲンさんとこでバイトしたいって言ってるんだけど」


 そして全員分の風呂が終わって。

 バイト話を持ち掛けてきた責任者である香奈子さんに、そう声をかけると。


「なに!? 本当にさおだけ屋をやってもいいとはな……早まったんじゃないか」


「話を振っておいてその言い草ひどくね?」


 お風呂の湯加減以上に、香奈子さんがまさかのいい加減さだった。


「いや……まあ、ゲンさんとこはホワイトなさおだけ屋だから、まあ働く上での心配事はないとは思うが」


「さおだけ屋で、ホワイトとかブラックとかの概念があることにびっくりだよ」


 意外と奥が深いさおだけ屋。

 まあぼったくらないと、あれだけで食っていけそうにないもんねえ。


「……ブラックとかホワイトとかって、なんですか?」


 対して、この世界に慣れてない聖女の、何とも心洗われる質問はどうよ。いや、どうでもいいくだらないこと知ってるくせに、なんでそれを知らないのかはともかく。


「ああ……タチの悪い職場をブラックっていうの」


「タチの悪い……?」


「うーん、つまりね、働く人間を利用するだけ利用して、壊れても知らん顔するのがブラック。その正反対がホワイト、かな」


 そこでマリアさんが手のひらをパンとたたいた。リアクションが古い。


「ああ、なるほど! つまり、わたしを裏切った司祭がブラックで、皇帝陛下や護衛騎士様がホワイト、ということですね! 納得しました!」


「大筋では間違ってないとはいえ、なんか釈然としない」


 ブラック上司とホワイト上司の話。そういや前にも言ってたっけ。

 どうやらマリアさんは、皇帝陛下や護衛騎士には大事にされていたらしい。


「タチが悪いって、『男色の攻め手が悪い』という意味かと思いましたので!」


「ああ、さりながこの世界に居たら、マリアさんときっと仲良くなれてた気がするわ」


 だが追加情報は要らんかった。

 あっちの世界でもBLとかあるんかいな。もしあったらさりなは幸せに違いない。異世界って美形率高そうだし、まさにこの世の春モード。

 ま、俺が異世界に行ったら、ずっと鉄仮面かぶって顔を隠してないと誰からも相手にされなさそうだけどな! 少年鉄仮面伝説、スケバン刑事役の南〇陽子もびっくりの顔面ムレムレ状態。顔を洗う時どうすりゃいいんだ、と。


 ──関係ないけど子供のころ、スケバン刑事をスケパン刑事と空目してて、えっちなマンガだとずっと誤解してたんだよね。

 けっこう仮面に似たような妄想がたぎるじゃん? スケスケのぱんつをはいた刑事が、ハニートラップとか色仕掛けでいろんな事件を解決する、女版ジェームズボンドみたいなやつを。

 だからこそ、そのタイトルのえっちな円盤をみたときは、詐欺だ! とさけびたくなったり。


「……義徳様?」


「あ、すまん、脳内でくっだらないことを思いきり浪漫飛行してた。話から察するに、皇帝陛下や護衛の騎士様は良い人だったみたいだね」


「はい! 皇帝陛下は常にわたしの身を案じてくださる素晴らしい方で、護衛騎士様も優しい方でした。残念なことに、護衛騎士様は裏切られたとき、わたしを守って命を落としてしまったのですが……」


 ちょっとだけ目を細め、無念そうにカイコするマリアさん。口から絹糸が……じゃなくて、エクトプラズムが漏れ出している気もする。


「またディープなインパクトのある話が出てきたな……」


「道中最後方から、四角まくりで一気に先頭に立つようなレースぶりですね?」


「誰も競馬の話はしていない」


「わたしはナイスネーチャンが好きです」


「ウマガールの話だったか……」


 なんか馬名を間違ってる気がするけど、どんな相手でも善戦するその素質は褒めてあげたい。


 ま、こんなふうにマリアさんが悲しみにくれない理由は。


「でもきっと、護衛騎士様もこの世界に転移している。そんな気がするんです」


「……せやな。マリアさん同様、いい人みたいだし」


「いえ、わたしなんか……くらべるのもおこがましいです」


 まさにこれ。

 希望さえあれば、人は前を向いて行けるもんだから。オカベさんじゃないけど、まさにテイクイットイージー。


 うん、それでいいだろ。暗い顔は、聖女様に似合わんもんな。


「……しかしマリアさん、スマホゲーやってるんだ?」


「課金できないので見てるだけです!」


「見てるだけじゃつまんなくない?」


「そうでもないですよ? 最近、広告バナー見てるだけですごく楽しいゲームがありまして」


「ビビッ〇アー〇ーのことかー! ゲームをやる以前で終わってた!」


 こうやって無駄話ができるのも、同居のいいとこだ。暗くなっていられんよ。


 だが、睡魔はべつだ。


「ふあーぁ……あ、ごめんなさい。はしたない……」


 聖女あくびいただきました。

 少ししか仮眠してないし、三人とも睡眠不足である。そこでアイコンタクトが交わされ、結論は一致した。


「……そろそろ寝ようか。夜も遅いし」


「おう、そうだな。じゃあおやすみ。義徳、夜這いすんなよ」


「いのちをだいじにしたいからやらんわ」


「あはは……では、おやすみなさい。香奈子様、義徳様」


 ちょっとだけ、マリアさんの護衛騎士ってどんな人だったのか気になるけど、

 お開きお開き。


 …………


「あ」


 そうして自分のベッドに入って気づいたけど、肝心のバイトの話、どこ行ったんだっけ。

 無駄に話が飛んで肝心の議題が進まないのが、異世界人との会話の悪いとこだな。



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