異世界転移……の可能性を探ってみる

「ところで」


 マリアさんをこの家で保護することを満場一致で可決した後。

 おもむろに主役の聖女が俺に問いかけてきた。今、家の主は風呂を堪能している。


「心太がどうかした? 好きなの?」


「空耳レベルが上がりましたね、義徳様も」


「聖女の力かな。影響力パネェからさ」


 心太とかいて、ところてんと読むんだ。これ漢検に出るからな、知らんけど。


 そういえば幼いころ、心太しんたって名前のやつがいたけど、あだ名がどうなるか読めちゃって同情を禁じえなかったわ。泡姫と書いて『あき』と読むくらい可哀想な名前……いやこっちのほうが将来の職業固定されてるだけさらに悲惨かな。職業に貴賤がないとはいえ。


「まあそれはともかく、ですね。わたしもそろそろ真面目に働かないとならない、って思ったんですけど」


「うん」


「香奈子様がお仕事を紹介してくださると、おっしゃってたでしょう?」


「あー、うん……そういえば」


 さおだけ屋のゲンさん。いちおう三軒隣に住むファンキーなじーさんだ。

 もう高齢だから後を継ぎたいやつに継がせたいって、散々近所に聞きまくってたんだよな。誰もいなかったことは想像に難くないが。

 しかし、さおだけ屋って、どんだけ儲かるんだろうか? 永遠の謎である。


「……おそらくだけど、運転免許が必要になると思うんだ。マリアさん、さすがに持ってないでしょ?」


「ああ、そのあたりは心配ないですよ。わたし、異世界では馬車免許のA級ライセンス持っておりますので」


「この世界でそれが通用すると思うなよ」


 というか、馬車免許のA級ライセンスってどんなんだか小一時間問い詰めたい。


 しかし、馬車、か。

 まあ異世界のイメージでは自動車とかなさそうだもんな。高度な文明は魔法と区別がつかない、ってね。


「さすがに、ただお世話になっているわけにはいきませんので」


「別にいいじゃん、事情が事情なんだし」


「気持ちの問題ですね」


 香奈子さんの肩こりを癒すだけでも、この家に住む資格十分な気がする。

 でもまあ、確かにマリアさんに収入源がないのは問題だし、そのままにしておけんよね。


「ワカタ。明日にでも一応聞いてみよう」


「ありがとうございます! あの、それで履歴書は書かなければならないんでしょうか?」


「いや、ゲンさん相手だしなあ……」


「ならよかったです。履歴書持参のところだと、今まで仕事を申し込んでも全滅でしたので……」


「……なるほど」


 そりゃまあ、履歴書に大真面目で『異世界生まれ、まとめサイト育ち』なんて書かれても反応に困るし、それ以前に頭の構造を疑われても文句言えんわな。

 マリアさんがいったいどういう履歴書を書いてるのか、気になることは当然として。


「もし働けるのであれば、義徳様や香奈子様の負担が減らせますよね。円の切れ目が縁の切れ目にならないようにしないと」


「一部違うが、大きな意味としては間違ってないな」


 というかそれならすでに縁切れてんじゃん、とはツッコまないでおく。


「まあ真面目に、本気で気を遣いすぎなくていいからね。あと、服とかはお古で悪いんだけど、さっきの部屋にあるものを着てもいいから。これからあの部屋で生活してもらうことになるし」


 言動はともかく、なんてったって聖女。テイクイットイージーなりの常識的な思考回路は持っているので、好感度は割と高い気がする。

 なおかつ異世界からやってきて心細かったのもじゅうぶんに分かるから、せめて少しでも快適に過ごしてほしいのじゃよ。


「え、ええ……いいんですか。エアコンを効かせられるような部屋に居ても……」


「それは当たり前じゃないの?」


「今までの住まいは、夏は暖房オンリー、冬は冷房オンリーだったもので」


「そういうときこそ聖女の力を使うべきじゃない?」


 聖女の力の定義っていったい。


「でも、あの部屋はだれかお住まいになっているのでは?」


「いんや」


 マリアさんの質問に答える前に、ちょっとだけ深呼吸。


「あの部屋は、三年前にこの世を去った妹の部屋なんだわ。だから中にあるものはもう誰も使ってないし、遠慮無用」


「えっ……」


 案の定、マリアさんが少し固まる。


「はは、本当に気にしなくていいから。三年前、両親と妹が乗った車が、高速で280キロなんて馬鹿げたスピードを出してきた車に衝突されてね。三人とも残念ながら」


「……」


 悲しい事実のことは、まだ吹っ切れてはいないけれど。

 それでも香奈子さんが一緒に暮らしてくれたおかげで、俺はだいぶ救われたし。

 金だけはあるから、生きるに困るようなこともないしな。マリアさんみたいに、さ。


「そういうことなんで、むしろ使ってもらった方が、あの世でさりなも喜ぶと思う」


 おどけた振りで俺がそう言い、マリアさんの肩に手を置くと。

 マリアさんが金色の瞳を見開いて。


「……そう、ですね。あの世ではなく、異世界かもしれませんが」


 そう言ってから、眉間にしわを寄せた聖女のほほえみを俺に向けてきた。

 精いっぱいの慰めなつもりなのかもしれない。


 だけど。


「そうか……そうかもな」


 またもや、現実と妄想の境目があいまいになるような気持ちがわいてくる。


「はい、わたしだって火あぶりになってこの世界に転移してきたんです。もし、本当に神がいるならば、きっと」


「……そうだね。さりなも、そしてオヤジもおふくろも」


 素直でかわいかったさりななら。

 優しかったオヤジとおふくろなら。

 可能性はゼロじゃないんだ。実例があるんだからな。シュレーディンガーの異世界転生とはいえど。


「きっとそうですよ。三年前ならばひょっとすると、わたしもあちらでお会いしていたかもしれませんね」


 その時、マリアさんの眉間からしわが消えて、やっと見えた本物の聖女の笑顔が、俺を和ませる。


「ははは、そうかも。マリアさんの火あぶりに加担してなきゃいいんだけど」


「きっとそんなことないです。だって義徳様の妹様ですもの」


 そこでお互い顔を見合わせ、どちらからともなくフフッと笑いがこぼれた。


 うん、考え方次第でこうも気分が変わるとはね。来世に期待しなくてもいいっていう幸せがある。


 さりな、お兄ちゃんは元気だぞ。おまえは王子様に巡り合えたか?


 …………


 あ、だめだ。

 冷静に考えたら、あいつ腐ってたわ。






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