聖女は孤独です

「ああ、自己紹介が遅れてすまない。俺は山多遠呂智やまたおろち。神学部神学科の二年生だ、よろしく」


「多分マッハで忘れると思うけど自己紹介ありがとう。桑名義徳だ、よろしく」


 なんだか神々に滅ぼされそうな名前だけど、神学部に通ってて大丈夫なんか? まあ八俣って名字じゃないだけ人間に近いのかも。

 ま、明らかにモブだろ、こんな名前のやつは。滅びようが封印されようがもう会うことはないだろうから、いちいち覚えなくてもいいや。


「じゃあ、自己紹介も終わったことだし、お元気で」


「お、おい、ちょっと待てよ! おまえは、いったい魔女のなんなんだ?」


「ちっ」


 クソめんどくさい話をするのが嫌だから逃げようとしたのに。勘のいいヤマタノオロチは嫌いだよ。


「少なくとも全身骨折はしてないようだし、間違いなく生身の人間だし……なぜ、あんなふうに魔女と肩を組んだり腰を支えたりしながら歩いてきて、平気なんだ?」


「お前らと違って下心がないからだよ」


「……」


 論破です。ドヤァ。


「ま、まあ、そ、それはとととともかくだな」


「どもってんぞ。おまえにはやましいところあるんか? そこに下心は、あ・る・ん・か?」


「や、いや、そういうことじゃなくてな。あの魔女が、そこまで誰かと近くなるっていうのも、俺たちからしてみれば不可解で」


「何が不可解だ。自分の股間に手を当てて考えてみろ。容姿淡麗なのどごし美女に勝手に発情しててめえのボッキンアイス固くしたはいいけど、あっさり折られただけでなく腹いせに魔女扱いとは不埒な悪行三昧も甚だしいわ。桃太郎侍に成敗されて地獄へ落ちるがいい」


「お、おうふ……」


 ひどい目に遭って異世界から転移してきたというのに、転移先のこの世界でも魔女扱いってのは、さすがにマリアさんがかわいそう。

 少しだけ悪意が混じった罵倒をしちゃった。


 しかし、ちょっとだけ気になる発言も聞かれた気がする。


「……ところで。なんだ、今の発言からすると、マリアさん学部内でも孤立してんのか?」


「はうあ!?」


 遠呂智とか飛んでもねえ名前持ってんのに、この小心者め。俺にすごまれただけでビビってんじゃねえよ。


「どうなんだ?」


「あ、はあ……ま、まあそれは……実際見てもらえばわかると思うが」


「……うん?」


「こ、こっちだ」


 俺はそのまま、オロチに案内され、神学部の講義室へと連れていかれる。

 講義室のドアは半開きだった。後ろのドアからそのまま中をのぞいてみると……


「……なんでマリアさんの周りだけ、あんなに空席なんだよ」


「そ、そりゃそうだろう。ヘタに触れたりしたら、自分の命が危ないんだ。近寄ろうとする男なんていないし、女子は女子で妬みとも思える態度しかとらないし」


「……」


「彼女もいつしか、だれにも迷惑かけないように、独りでいることが多くなって……」


 なんでだ。

 確かにいろいろ残念なところはあるけどさ。マリアさんが悪いわけじゃないだろ、それは。


「そんなに聖なる加護アースクエイクの犠牲者が出たのか?」


「あ、ああ。少なくとも学部内の男が、両手でも足りない数ほど」


「おまえら神学部生のくせに煩悩真っ盛りなやつらだらけじゃねえか! 全員滝に打たれてこいや!」


 少なくとも、襲うとかそれに準じた下心がなければ、聖なる加護は発動しないはずなんだよな。マリアさんの言ったことを鑑みれば。

 実際最初の時も肩を抱いたり背中をさすったりしたけど、俺は何ともなかったし。


 …………


 ひょっとして、マリアさんの身体に触れるときに『ちょっと性的じゃない部分を触らせてもらいますので、セクハラで訴訟とかはやめてねー』宣言したのが功を奏したのだろうか。


 まあ確かにさ、あの時の俺に下心はなかったはず。

 まりかに裏切られた心が痛くてそれを紛らわそうとして酒をかっ食らって。

 その後、倒れてる人間がたまたまマリアさんで、このままじゃ車に轢かれるって心配になって。

 いろいろ不憫になって、シャワー提供しただけだもんな。ま、白衣の時はヤバかったけど、直視できなくて目をそらしたし。


 ……あ、風呂の時は煩悩だらけだったわ。あの時触れてたらヤバかったんかな、俺も。それともその後に激しい自己嫌悪に陥って煩悩がすっぱり消えたのがよかったのか。


 わからん。いくら考えても心の底からわからん。

 とりあえず今わかることは、マリアさんが孤独な聖女だということだけだ。



 ………………


 …………


 ……



 結局、俺は講義をさぼってしまった。

 言葉にしづらい何かを、ずっと考えていた気がする。


 そしていつしか神学部の講義が終わり、学生たちはぞろぞろと次の講義へ向かって出ていき。

 講義室には、ぽつんとひとりだけマリアさんが残っていた。


「……マリアさん、具合は大丈夫?」


 そんなマリアさんがいたたまれなくて。

 違う学部の講義室だというのに中へ入って、思わず後ろから声をかけてしまう。


 机にへたり込むように具合が悪そうだったマリアさんは、発せられたのが俺の声だということに気づいたのか。


「……あ! 義徳様! ヘバリーゼのおかげでだいぶ良くなりました!」


 振り向いて、まさに聖女のような笑顔で、そう答えてくれた。

 これこそ俺がよく知る、マリアさんなんだよな。


 だから。


「ならよかった。ま、いらぬ心配だったかな」


 何も知らないふりしていよう。

 マリアさんが笑顔ならば、それでいいと思うからさ。


「そんなこと……ありません。義徳様、ありがとうございます」


「まだまだ講義はあるんでしょ? 死なない程度に頑張ってね」


「はい! 聖女をなめないでください!」


「……そうだな。そうだった」


 これも強がり、なのだろうか。

 ちょっとだけ、俺も笑う。らしくなく、声をあげて。


 俺にできることは少ないかもしれないけど。


 ──頑張れ、聖女。

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