え? 今回はエロ展開なしですか? というわけで抜け毛チェック

 というわけで、とりあえず家主である香奈子さんからシャワー使用許可を得た。

 まあさすがにゲロまみれの成人済男女をそのままにしておくようなおにちくはそうそう存在しないでしょ、ふつう。


「ではいちおうレディーファーストということで、マリアさん、どぞ」


「は、はい、ではお言葉に甘えて……」


 いそいそと浴室に消えていくマリアさんを確認して。


「……で、義徳。いったいなんなんだ、あののどごし嬢は」


「いや、単に酔いつぶれて道路に倒れてたから、保護しただけだけど。一応同じ大学に通ってるはず」


 香奈子さんから説明を要求され、素直に答える。

 ついでに『のどごし嬢』という呼び名が定着しそう。いろんな意味でちょっとおかしい。掛詞。


「ふむ……しかし、見た目は明らかに日本人じゃないのに、言葉に関してなんの不自由もなさそうだしな……不可解だ」


「あー、まあマリアさん曰く、異世界から転移してきたみたいだし、チートくらい多少はね?」


「……………………は?」


 これほどまでに抜けた表情の香奈子さんを見たのは初めてかもしれない。

 いや普通そうだよね、異世界転移とかいきなり言われてもただの嘘松としか。


「ちょっと待て、その異世界から転移してきた人間が、何で義徳と同じ大学に通ってるんだ? 異世界からじゃなくて異国の間違いじゃないのか? 異国の貴族とかならまだ百歩譲って納得できるんだが」


「いや香奈子さんのおっしゃる通り、なにもかも謎だらけなんだけど。でも一応不思議な力を持ってる上に、自分で自分のことを『聖女』とか言っちゃってたから」


「……不思議な力? 中二病か?」


「うーん、でも実際変なチカラを目の当たりにしちゃったし、マリアさん生活にかなり苦労してるようだし? そこに夢はなかったよ。あったのは世知辛いとしか言えない生きざまだけ」


「……」


 ついに香奈子さんが黙り込んだ。

 いやね、そりゃ俺だってマリアさんが異世界転移してきた聖女だって100%信じてるわけじゃないけどさ。

 なんというか、冷静に考えてみれば、あのときにウソをつくような必要性も感じなかったからね。


 おまけにさ。

 夢があるじゃん! ひょっとして、死んだ両親や妹も、異世界転移して元気に過ごしてるかもしれないって思うと。


 ま、それを確認するすべはないんだけど。あくまで俺の気持ちの中だけ。

 それでも希望がまったくないよりもはるかに救いがある。聖女様信仰上等です。


 …………


 なるほど。こうやって新興宗教はたくさん生まれていくのか。


 さっきより少しだけ賢くなった。

 もし本当に両親や妹が異世界転移してたら、俺は聖女様に忠誠を誓う騎士となろう。


「あ、あの……」


 そんな中、浴室からおどおどとした声が上がる。聖女様(仮)の声だ。ガールフレンド同様、まだ(仮)である。


「……おっと、そういえば着替えを貸してあげないとならないな。仕方ない、アタシの服と下着を貸してやろうか」


 思考回路だけ異世界にトリップしていた香奈子さんが、そこで現実に帰還を果たす。

 ま、確かにゲロまみれの服を再度着させるのも酷よね。どんな罰ゲームだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 いや、だからといってもさ。


「これが白衣ですか……噂には聞いてましたが、ゆったりしてわりと快適な着心地ですね」


 なんで白衣を貸すの、香奈子さん。マリアさんが妙にはしゃいでるのも理解できないにせよ。

 そりゃ薬剤師の香奈子さんなら白衣をたくさん持ってるだろうけどさ、もっとまともな服を貸してあげてよ。彼シャツじゃないんだから。


「ほう……こうしてみると確かに聖女に見えるな。アタシの代わりに仕事もできそうだ」


「それ薬機法違反だから。自分がサボりたくてもやめてね香奈子さん」


「えへへ……恐縮です、香奈子様」


 マリアさん、そこでなぜカーテシーをする。皇帝からいただいた褒美が白衣でいいのか。しかもそうやってかがむと、白衣の間からなんか見えそうだよこんちくしょう。


 なんとなく、部屋とワイシャツならぬ白衣と聖女の空間にいたたまれなくなって、俺は浴室へ向かった。

 俺もゲロ臭さと煩悩を洗い流さねば。


 …………


 しかーし。

 浴室に入ると、排水溝に金髪の髪の毛が絡まっているのに気づく。


「……マリアさんの髪の毛か。まあ、そりゃ金髪だし……」


 そこでハッとした俺は、金色の縮れ毛がないかを出来心でついつい探す羽目となった。思春期の子供ムーブ。絶賛煩悩増幅中。

 残念ながら探し物は見つからず。『金髪美女は下の毛も金髪らしい』という、長年の間俺が確認したかった事柄は、ひとまず先送りと相成りました。


 まあ、浴室出たら自己嫌悪に襲われたけどな!



 ―・―・―・―・―・―・―



 そうして一抹の後ろめたさが消えないまま、シャワーを終えてリビングに戻ったら。


「……具合は、どうですか?」


 手のひらから怪しい光を出して、ソファーに腰かけた香奈子さんの後ろから肩に当てているマリアさんがそこにいた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛……いいわぁ……」


 レナ〇ンむすめみたいな声を上げる香奈子さんが恍惚の表情をしている。


「……なにやってんの、マリアさん」


「あ、義徳様。ええとですね、香奈子様の肩が非常に凝っていて苦しかったらしいので、シャワーをお借りしたお礼に治療を……」


「……マリアさんがいいならそれでいいんだけどさ」


 もうただの便利屋だな、聖女。


「あ、義徳! さっきの言葉、信じるわ。なんせ、もう5年以上楽にならなかった頑固な肩こりがすっごく楽になったんだよ、マリアちゃんのおかげで。アミナリン飲んでも全くダメだったのに!」


「……あっ、そう」


「いやー、一家に一台ほしいね、聖女!」


 肩こりを楽にしてもらっただけで信じるとは、現金というか単純というか。我が叔母ながら、小指の先くらい呆れた。

 あとマリアさんをモノ扱いすんなよ、まるで聖女を都合のいいようにこき使う権力者みたいじゃねえか。

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