叔母さん、俺のあののどごし生、どうしたんでせうね?

 とりあえず、『マリアさんが聖女』という話は棚上げしとこうと俺は決めた。

 俺の目が確かならケガが治ったというのも事実なのだが、どうもめんどくさい方向へ話が流れる予感しかしないので。ヘタすりゃ国が傾く。


「……じゃあ、ケガを治してくれてありがとう聖女様! 縁があってもなくてももう二度と会うことはないかもしれないけど、元気に現代日本を生き抜いてね!」


「ちょ、ちょっと待ってください! なんなんですかその『しゅたっ』てポーズは! 逃げる気満々じゃないですか!」


「ちっ」


 さすがに日常がサバイバルな聖女は勘が鋭い。逃げようとしてた俺の心の奥を悟られた。


 とりあえずシャツの裾を破れるほどに引っ張られてしまっては逃げるにも躊躇する。仕方ないので、現状どのような行動をとるのがいいか、計算してみよう。


 SSRクラスの美女+スタイルも文句なし - (脳内が異世界人+奇妙な術を使う怪しいマジシャン+ゲロまみれ) ≧ 0


 かろうじて、マイナスにはなってない……とは思う。

 ただし、そこからさらに『今後起こりうるめんどくさい展開』を引けばマイナス転落余裕です、となるのは明らか。


 さて、どうしよう……


「……しゃーない、袖すり合うも他生の縁、ってな。シャワー貸してあげるから、きれいにして帰ろう、マリアさん。ここから俺の家は徒歩五分だし」


「……え?」


「さすがに今の時期、公園の噴水で身体を清めるのは問題あるからさ」


 二秒ほど悩んで、俺は決断した。

 ナントカは風邪をひかない、というのがもし真実ならば、マリアさんは真冬でも公園の噴水で大丈夫だとは思うが、あえてそれを口に出さないのが俺の紳士道。

 ま、美女をゲロまみれのままにしておくのもアレだしな。


「うそっ……まさかの、お持ち帰り……?」


「しねえよ。第一、俺んちには不埒を許さない、こわい叔母さんがいるからな?」


「う、うかつでした。たしかにイートインよりテイクアウトのほうが税金が安くなりますね……」


「聞いちゃいねえ。つか誰にその税金を払うのか詳しく説明してほしいんだけど」


 知らなかった、セクロス税なんてあったのか。そんなものがかかってたら、そりゃ少子化も進むわ現代日本。

 ま、今の俺には納税義務なんてないからどうでもいいか、独り身だし。


 このままだとまた話が進まなくなるので、言い切ることにする。


「さすがにこんな状況で、そこまでヨコシマな気持ちになれねえよ。いくらマリアさんが美人でもな。だから、お礼ということで」


「……? なんのお礼でしょう?」


「ん? ケガを治してくれたお礼、じゃダメなん?」


「え、ええと、それはわたしを介抱してくれたのと相殺では……」


「……あ」


 そういわれてみればそうだな。

 というよりも俺のほうが散々迷惑かけられてたのではなかろうか。


 …………


 ま、それでも。


「いいよ、貴重な魔力を使ってまで治療してくれたんだし。シャワーくらい」


「……いいんでしょうか……」


「俺がいいって言ってるんだから、いーんだよ」


「クリーンだよー」


「そうそう、シャワーを浴びてクリーンになりましょ。にゅーよく!」


「……にゅーよく……」


 お風呂に入ったらあとは寝るだけさ。

 No、Newyoku、No Lifeってね。


 俺の不幸な心境を、パッと見ただけでわかってくれて、ちょっとだけ嬉しかったという気持ちもあるからさ。

 マリアさんの言ってることを全部信じれるわけじゃないけど、せめてあったかいシャワーくらいは提供しても罰は当たらんはず、うん。


「……ありがとうございます。本当は、温かいお湯のシャワー、すごく浴びたいです」


 酔いが回った頬はこれ以上赤くならなかったけど。

 恥ずかしそうにそう言うマリアさんが、少しだけ俺の庇護欲をそそった。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……ひとりで勝手に飲み歩いた挙句に、こんなゲロマブを連れて帰宅するたぁ、いい身分じゃねえか、義徳よ」


 そうしてマリアさんを連れて帰宅したはいいが、やっぱり同居人である香奈子かなこ叔母さんに怒られた。

 しかしゲロマブっていうのは言いえて妙。多少のジェネレーションギャップを感じるとはいえ。


「まあなりゆきだから許してよ、香奈子さん。怒るとしわが増えるよ?」


「やかましいわ。義徳おまえ、アタシがさんざんスマホに連絡入れてたのに、全スルーしやがってどういうことだ。また車に轢かれたかと思うと気が気じゃなかったぞ」


 こんなふうに口は悪いが、優しい叔母さんなのだ。

 両親と妹をすでに亡くした俺は、香奈子さんだけが唯一の家族なんで。


「……ごめん。そして、ありがと」


 この叔母さんには勝てないのである。


「ふん……まあ無事だったなら別にいい。ところでいったいこの状況はどういうことなんだ?」


 玄関で腕を組みながら怒りを表現しつつも、目線を俺の後ろに向ける香奈子さん。

 それに気づき、マリアさんが一歩前に出た。


「初めまして、マドモワゼル・カナコ。マルベリー・ブーゲンビリアと申します。どうぞマリアとお呼びください」


 さっきと名前が違う。ひょっとして偽名をアドリブででっちあげてんじゃないのかこの人。

 まあいいか、マリアって愛称が共通ならば。というかさっきなんて名前を言われたのか、俺も忘れたわ。なんだかんだ言って俺も酒が入ってるもの。


「ほう……カーテシーみたいな挨拶だな。その端麗な容姿と言い、どこかのお貴族様か?」


 香奈子さんも何かしら思った様子。いぶかしみ大半だとはわかっちゃいるが。


「淡麗とは恐れ多いです。私ごとき、のどごし生でじゅうぶんですわ」


 そして返しが会話になってない。だれも発泡酒の話とかしてないんだけどさ、これ以上飲む気かゲロマブさんよ。

 今度からのどごし生な容姿の『のどごしさん』って呼ぶぞ。


 もうツッコミどころ満載だけど、ここで何かを口に挟んだらいろいろ支離滅裂になることはすでに理解したので、必要なことだけ主張するにとどめる。


「というわけで、シャワー借りていい?」


 ……なんだろう、マリアさんのせいで鬱々な気分がどっか行っちゃった。

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