聖女が治療をしてくれる! 伏せろ!

 俺の紳士的な提案に、なぜかマリアさんはキョドった。


「あ! あ、あの、ですね、ええと、とくに、その、はい、大丈夫です」


「何が大丈夫なんだろうか……」


「あ、い、いいいえ、別に送っていただかなくてもいいというか、あの」


 なぜこんな態度になるのかわからんちん。


 …………


 あ、なるほど。


「大丈夫だよ、別に下心とかないから」


「え、えええ!? そうなんですか? 酔って前後不覚になったわたしをうまくかどわかし家の中に侵入するだけじゃなくチン入まで……」


「……さすがに初対面でそこまでは」


「むかつきますね! わたしの魅力ってその程度ですか!?」


「どうされたいんだあんたは!!!!」


 お約束なやり取りに、思わずずっこけた。あ、肘をすりむいちゃった。

 つまりマリアさんは、自分が男の劣情をそそる外見だということを理解してるんだな。

 じゃああんなところで酔いつぶれるのはやめろと小一時間説教したい気分だ。


「複雑な乙女心を理解されたいです」


「ちょっと触れたくらいで複雑骨折するような繊細過ぎる乙女心を理解されるなんて期待をしないでくれ。自戒してほしい。というかそのゲロまみれ状態で欲情できるわけないだろ」


 複雑骨折どころか粉砕骨折、いや開放骨折かもしれんけど。競走馬なら予後不良、安楽死待ったなし。


「うーん……では、まず洗い流さないとなりませんね。でも、わたしの家にお風呂ないんですよね……」


「は?」


 見た目聖女なのに今時お風呂のないところに住んでるっていったい。

 何か事情があるのだろうか。


「銭湯、今の時間やってないよね?」


「身体を洗うだけなら公園の噴水で十分じゃないですか」


 変に探りを入れたら、なんかとんでもないセリフ出てきた。

 いやこんなうら若き乙女が川で身体洗ってたら悩殺どころか盗撮、いや貞操の危機が漏れなく襲ってくると思うんだけど。

 そういや以前に、大学内の池で夜な夜な水浴びしてる痴女がいるって噂が立った記憶がかすかに残ってるけど……まさかな。


「そんなサバイバル術を披露しなくてもいいんじゃん?」


「生きることは大事ですよ。食うに困れば京成線の線路沿いに生えているつくしをとって食べたりとか」


「つくしって食えるのか……」


「あく抜きしないと地獄ですけどね。口の中がシュウ酸のせいで激痛に見舞われます」


 拍車のかかるシュールっぷり。

 こんなパツキン美女が線路わきのつくしを採取してる光景を見て、『食べるためだな』とピンとくるやつがどれだけいるのか。


「ひょっとして、マリアさんって貧乏?」


「そういう方は嫌いじゃないですけどドストレートに来ましたね。それはそうですよ、わたしは何も持たずに異世界から転移させられてきたんですから」


「………………………………はい?」


「生きていくだけでも必死です」


 おもわず毒舌展開してしまったのだが。

 そこからのハッテンっぷりに道下君もびっくりだよ。


 ウホッ、異世界転移? あのトラックかなんかに轢かれて起きるやつ?


「あ、信じてませんね?」


「ごめん。美女の言うことは信じたいのはやまやまだけど、信じられる要素が電子の大きさすらない」


「微粒子レベルよりも下ですか。じゃあどうすれば信じてもらえるんでしょう?」


 そう言いながら首をかしげるマリアさんが非常にキュートだが、そんなことでだまくらかされると思ったらオオアリクイだ。


「だいいち異世界からやってきたわりには日本語ペラペラじゃん」


「縺昴l縺ッ縺セ縺ゅ?√%縺。繧峨?荳也阜縺ォ譚・縺ヲ縺九i蠢?ュサ縺ァ蜍牙シキ縺励∪縺励◆縺ョ縺ァ」


「ちょっと何言ってるのかわかんない」


「異世界の言語で話してみました。バイリンガルでお届けしますか?」


「ただの文字化けでは……ちなみになんていったの、今」


「上の口では理性的なのに、下の息子さんはよだれを垂らしてるんですね、と」


「異世界の下品な言い回しを根本から理解してるのはなぜだろうなー、はははー」


「うそです」


 そこでサムズアップをせんでいい。

 もう面白い通り越してただのファンキー異世界だよ、マリアさんの頭の中が。


「うーん、まあ冗談はともかく、どうすれば信じてもらえますかね……って、どうしたんですか、肘のところすりむいてますよ」


「うん、それはすべてマリアさんのせいだけど」


 どこからどこまで冗談なのか俺にも測りかねる。困ったもんだ、信頼度0%。海物語のノーマルリーチより低いとは。


「そうなんですか? 記憶にございませんが、なら、責任取って治癒してあげないとなりませんね」


「あん?」


 そう言ってマリアさんが、先ほどすりむいた俺の肘に手をかざすと。

 なぜか手のひらからぽわっと……インチキおじさんみたいなあやしい光が出てきた。


「ふみゅっ!?」


「変な声出さないでじっとしててください……はい、全快しました。もう痛くないですよね?」


「にゃにいいいいぃぃぃぃ!?」


 触ったりつねったりぐりぐりしたりして、先ほどすりむいた部分を刺激したが、まったく傷跡すらも残ってない。キレイキレイハンド治療。


「……俺、酔っぱらったせいでケガしたって空目したのかな。帰ろう」


「せっかく貴重な魔力を使って治療してあげたのに何ですかその言い草はぁ!? ……うっぷ」


「あーはいはい、治療できるなら自分の悪酔いを治せばいいのに」


「……自分で自分の治療はできないんです、聖女は」


 吐き気を催し、再度俺に背中をさすられているマリアさんから、なにやら異世界では常識とも言えそうなパワーワードが飛び出せ大作戦でした。ス〇ウェアの歴史にまた1ページ。


「……性女?」


「悪意こもってません? 言葉に」


「自分の胸に手を当てて今までの言動を思い返してごらん」


「胸に手を当てて、ですか。はぁ……それなりに大きいですね……はぁぁ……」


 TSした元男子じゃあるまいし、おい。そこで色っぽいため息つくな。わざとか。わざとなのか。

 

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