行き場を失った残念な聖女がウチにやってきました ~異世界転移ってただのコメディーだよな~
冷涼富貴
聖女、降臨
聖女がゲロを吐いている! 逃げろ!
失恋したときは、やけ酒に限る。
アルコールの力は偉大だ。
三か月ほど意識不明になってるうちに親友に彼女を奪われていたなどという絶望的なことなどこれ以上考えたくないから、遠慮なく力を借りよう。
『力が欲しいか?』
「おう」
『力が欲しいのなら、くれてやる!』
運ばれてきたハイボールに『ジャバウォッカ』と勝手に命名し、脳内で劇団ロンリーなやりとりをしながら一気にあおる俺。
ま、一人酒だけど。
ぶっちゃけると、親友とも彼女とも飲めないもんさ。誰と飲めというのだ。
友達? ああ、いなくて悪かったな。仕方ねえだろ、交通事故で入院してたせいで大学留年したんだから。
飲み始めたときは、意識をなくすどころかいっそ急性アルコール中毒で死にたいくらいの心境だったけど、時短営業とかの理由で飲み屋をさっさと追い出された。
酔ってはいるが前後不覚になるレベルまでは至っていない。
俺、こんなに酒強かったっけか。
そうは思うが、足取りはふらふらしている。頭だけクリアっていうのも質の悪い酔い方だな。
仕方ない、帰宅して飲み直そう。
じゃあ、どこかで酒買っていこうかね。たしかここの裏通りにコンビニがあったはず……
……ん?
だれだ、道路に倒れてるのは。危ねえ、半年前の俺みたいに車に轢かれるぞこのままじゃ。
うわ、おまけに寝ゲロしてんじゃねえか。どうやら酔いつぶれたっぽいな。
「……うっぷ」
ゲロの酸っぱいにおいをかいだ俺は、そこで急激に気持ちが悪くなって、電柱の陰で吐いた。
「ぼええええええええ」
吐いて少しは胃がすっきりした気がする。
さて、あらためて行き倒れを見てみよう。
……なんだこれ。日本人じゃねえじゃんどう見ても。金髪だよ金髪。しかも染めたりしてない純然たる金髪。性別は間違いなく女だ。ドン引き。
しかし、どこかで見たことあるんだよな、このハーフアップにした金髪の髪型。どこでだっけ。
いたずら心がわいたので、ちょっと頭を指でつついてみよう。
「……う、ううん……もう、むり……」
はい、生存確認できましたっと。
どーでもいいけど、こんな金髪のフォリナーさんが行き倒れて寝ゲロしてるってなんかシュールだな。
ま、このままにはしておけないか。
しゃーない、裏手にある公園に一時避難しよう。
「はいはい、ここで死にたくなければ避難しましょうねー。ちょっと性的じゃない部分を触らせてもらいますので、セクハラで訴訟とかはやめてねー」
「……うう……」
「もしもしー?」
「……わたし、生きTEL……」
「あーはいはいむしろ死んでたらそう言われるのただのホラーだよねー」
どこの薬師丸さんでしょうねこのパツキンさんは。
「……今、あなたの足下にいるの……」
「むりに電話ネタ絡めなくても許されると思うよ?」
いや、メリーさんだった。
まあいいや、今は無駄に受け答えで体力消耗する必要ないだろう。公園まで運びますから、失礼して肩を抱きますよっと。
……軽いけど、ゲロくせぇ……
―・―・―・―・―・―・―
とりあえず、公園にあるベンチで金髪美女を横たわらせておいた。
どこかで見たことあると思ったら案の定。このパツキンさん、俺と同じ万葉大学に通ってるだよ。
確か、誰かから『マリア』とか呼ばれてたような気が。留学生だよな?
……ふむ。
まつ毛長いし、よく見れば美人だ。ゲロ臭いけど。
髪型も清楚な雰囲気を醸し出している。ゲロ臭いけど。
異世界に住む聖女ってこんな感じなのかもしれない。ゲロ臭いけど。
「……ううん……はっ!」
至近距離でまじまじとご尊顔を眺めていたら、俺のヨコシマな視線に気づいたのか、パツキンさんが目を開けた。うわ、目の色も金色じゃねえか。
目と目が合ってしまったが、それで通じ合うことなど不可能なので、とりあえず言葉を投げかけてみる。
「ぼんそわーるまどもあぜる」
「……なぜおフランス語なんざますか……?」
あ、日本語通じるのね。いやなんとなくパツキン聖女というとおフランスかな、と思って口から出ただけなんだけどさ。
「すごいね、まるで日本人のように流暢だわ」
「……ニホーンゴ、イッショケンメイベンキョシマスタ」
「いやそこでカタコトぶらなくていいんだけど」
なんだこのパツキンさん、おもしれえ。
「……ところで、なんでわたしはここにいるのでしょう?」
「ん? ああ、行き倒れてたからとりあえずここに連れてきた」
「……そういえば……」
パツキンさんは、金色の瞳を泳がせながら、ここに至るまでに何が起こったかを思い出そうと努力してるようである。
「……いやまあ、なんであんなになるまで飲んで」
「うっぷ! おろろろろ」
「どひゃっ!」
軽く諫めようと思ったら、ベンチに横たわったまま突然パツキンさんがゲロったので、俺は飛び上がって思わず離れてしまった。
当然、ベンチがゲロまみれ。このベンチには二度と座れんな。小学生のころ、ゲロ吐いた机がエンガチョ扱いになるようなもんだわ。たとえきれいにしたとしても。
―・―・―・―・―・―・―
「ううう……とんだご迷惑を……」
吐き終えた後上半身を起こし、俺に背中をさすられながら申し訳なさそうにパツキンさんがのたまう。
ま、こんな美女がゲロを吐くさまを間近で見られるなんていう経験は滅多にできないはずなので、これはこれでありよりのあり。
「いや俺のことはわりとどうでもいいけどさ……なんであんなところで行き倒れてたのさ? いろんな意味で危ないでしょ」
あんなところで行き倒れてたら、今の季節は凍死したりとか、車に轢かれたりとか、身ぐるみはがされたりとか、やりらふぃーに拉致監禁されたりとか。危険がいっぱいあると思うの。
「こんな辱めを……くっ、殺せ……」
「そんなもったいないことしません」
「じゃあ、拘束して苗床にするんでしょう、エロ同人みたいに」
「俺はオークか。そんなに醜いといいたいんか」
聖女かと思ったら女騎士なのかもしれん。
半分呆れつつそう返すと、そこでパツキンさんは振り向きざまにちらりと俺の顔を見て、こう言った。
「……醜くはないですけど、幸せなようにも見えませんね」
「……」
ここで何もうまい返しができない時点で、俺の負けだ。
「いま、介抱されてるのはわたしのはずなのに……あなたのほうが、つらそうに見えますよ? 違いますか?」
追い打ちかけんでいいわ。忌まわしい事実がせっかく頭から飛びそうだったのに。
「なんで……そう思うんだ?」
「なんで、わからないと思うんですか? そんな眉間にしわを寄せた顔をしてるのに」
「……」
さっきまでだらしなくゲロ吐いてるだけだったパツキンさんに、会話で気圧されてる俺がいる。自分の行動が俺の眉間にしわを作ってるとは思わないんだ、この人。
なんだかんだ言っても美女の真剣なまなざしってのは心にくるものがあるな。
「……わたしでよければ、話、ききますけど?」
「……は?」
「介抱してくれたお礼です。ため込みすぎて破裂する前に、どうぞ」
いや、酔っぱらい相手にそんなマジ話をしてもねえ。
そうは思ったのだが、この不思議なパツキンさんの持つ雰囲気に、俺の口は軽くなった。
「……どこにでもある話だよ。交通事故に遭って三か月ほど意識不明で生死の境をさまよってて、奇跡にも現世に帰ってきたはいいけど、その時はすでに最愛の彼女を親友に奪われてた、ってだけ」
自虐的な言い方を極力抑え、淡々とそう述べる。
「笑っちゃうだろ? リハビリ頑張ってさ、ようやく彼女のところに戻ろうとしたら、そこでは親友と信じて疑わなかったやつが愛を語ってたんだぜ。たった半年、で、だ」
なんと返していいのかわからなかったのか、それとも思ったよりも重い話だったからだろうか。
「な、なんだってー……」
パツキンさんが棒読みである。
「……はは」
ヘンな笑いが出た。パツキンさんって、人を和ませることに関しては天才的かもしれない。
「どこにでもはないと思いますけど、そうでしたか……三か月も意識不明で……摩訶不思議な話ですね」
「まあ、うん」
「しかもその間に彼女をとられて……こういうの、MMRっていうんでしたっけ?」
「残念、似ているようで違う。NTRだ」
アールしかあってねえな。あと俺はキバヤシって名字じゃねえからそこんとこよろしく。
こんな状況なのに、笑いが出そうになる俺はいったいなんだろう。
親友に彼女をとられたなら、いっそあのまま目覚めなかったほうが幸せだったわ、なんてネガティブな思いがついさっきまで大半を占めてたのにな。
「でも、信じていた人に裏切られるって、つらいですよねえ。わたしも……」
そこで、パツキンさんが何かを言いよどんだ。思わず聞き返してしまう。
「も? パツキンさんも誰かに裏切られたことがあるの?」
「……パツキンさん?」
あ、しまった。
「ああごめん、名前知らないからさ、つい」
「これは失礼いたしました……
「なんでそんなラノベタイトルみたいな略し方されてんだろう」
「まあ、もともとが便宜上の偽名ですので」
偽名とか言っちゃったよこの人。密入国でもしてんのか?
「……まいっか、長いからマリアさんで。俺は
たとえ違法入国してようが、今この場で俺に身の危険はなさそうだ。つか違法入国なら大学に通えるわけないしな、いちおう
というわけで、その部分はスルーを決め込む。
「桑名様にご挨拶申し上げます」
そこでベンチから立ち上がり、服の裾をつまむようなしぐさとともにお辞儀をするマリアさん。着ている服はゲロまみれだというのに、なんだか優雅だ。
「いや、酔ってるのに無理して起き上がってまで挨拶しなくてもいいよ」
「……うっぷ」
「ほーらいわんこっちゃない」
吐き気に負け、再度ベンチに腰を下ろしたマリアさんの背中をやさしくさする。これは介抱なので、決してセクハラではない。
「……桑名様は、優しいですね」
「ん?」
「見ず知らずの行き倒れに、こうまで優しく接してくださるなんて」
マリアさんにしみじみと言われた。改めてそう言われると、なんか下心満載のようにも思えてくるな、俺が。
神に誓ってあれこれしようなんて気はないけどね。ただあのまま道路に寝転んでて車に轢かれたらあぶないからほっとけなかったというだけだし。
「べつに。あの姿を見れば誰だってこうするだろ」
「あ、あはは……そんなことはないと思います。桑名様だからこそ、こうまでしてくれたんですよ、きっと」
そんなことはない、というかわりに俺が頬を人差し指でポリポリと掻くのだが、そんな仕草に気づかないまま、マリアさんが続ける。
「……だから、桑名様が意識不明な状態から目覚めてくれてよかったなあ、って、わたしは心から思ってますからね?」
まるで心の中を読まれたかのような言葉。俺の動きはそこで止まった。
なになに? 心の中を読まれたのか? ちょっとだけ訝しんだ。
…………
だけど、だけどさ。
マリアさんにそう言われたら、俺が意識不明状態から目覚めた意味はあったんだなあ、なんて思っちゃうんだよ、単純極まりないけど。
そして相変わらずあたりはゲロ臭いけど。
照れくさくてむずがゆくて、俺は話題転換を試みた。
「……ところでさ、なんであんなところで酔いつぶれてたの?」
今度はマリアさんが頬を掻く番である。
「あ、あのですね……お友達と飲んでいたんですが、飲み放題コースでお願いしたもので、元を取るべくがぶ飲みしてまして、気づいたら道路に倒れこんでたと言いますか……」
聞くべきじゃなかった。
一緒に飲んでた友達も友達だわ。飲みすぎを諫めるなり介抱するなりしてやれっつーに。
さて、まあこの話題はここらへんで打ち切るとして。
これからどうするかが一番の問題だ。
「で、マリアさん、家はどこなの? よければ送るけど」
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