第4話
腹が膨れて落ち着きを取り戻せたけど、少しだけ眠気も出てきた。それにしても、あのパン意外と美味かったな。バターっぽい味もしたけどしつこくなく、少ししょっぱいからフルーツとあのオシャンティーな水とも相性がいい。もう少し胃の調子が良かったら、ハムとかレタスを挟んで食べたいところだ。って食べ物の事を考えてる場合じゃない。何をするべきか考えないと。本当に、この世界のサッカーってどんな感じなんだ? さっきの話だと基本死人が出るのが当然みたいなかんじだったけど……まずは見てみないと話にならないよな。っていうか俺名前名乗ってないよな? その辺も含めて動かないとな。
俺はまたベルを鳴らす。またすぐにあの綺麗な子供がやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、何度もごめんね。さっき話してた人達とまたゆっくり話がしたいんだけど、どうしたらいいかな?」
「お身体はもうよろしいのですか?今日はもう遅いので、明日以降にした方がよろしいかと思います」
綺麗な子供は一応心配してくれてはいるようだった。表情が変わらないので分かりにくかったけど。
「あーまあ確かにそうだよな……。じゃあ明日、都合付けられるかな」
「明日はテフォランツォ様は魔術協会の会合、グラオルガ様はご自身のチームの視察でご不在です。エッケン様とコルバノ様でしたらご都合をおうかがいする事は可能です」
そういえば、さっきはほとんどテフォランツォとグラオルガの話で終わった気がする。エッケンとコルバノの話もしっかり聞いておいた方がいいな。
「じゃあ、その2人に連絡をとってもらえると助かる」
「かしこまりました」
綺麗な子供はそのまま出て行こうとしたが、俺はある事を思い出して、呼び止める。
「俺はスズキ、鈴木泰仁って名前なんだけど、君は?」
あああなんて下手くそな自己紹介なんだ……完全に不審者だこれじゃ。
「私はリユです。スズキヤスヒト様」
綺麗な子供――リユは俺の動揺も気にしていないようで、あっさりと俺のフルネームを口にした。とりあえず伝える事は出来たけど、次に伝えるときはもっと上手くやりたいもんだ。
「ではエッケン様とコルバノ様にお約束を取りつけて参りますね。それではごゆっくりおやすみください、スズキヤスヒト様」
何というか、意外とドライだな。お礼を言っても、仕事ですから、とか返されそうだ。リユはそのまま一礼して部屋から出て行った。
部屋の窓からは、ちらちらと灯りが見えた。電気じゃなくて火とかだろうか。電気が無いとすると、ナイターとかは出来なさそうだな。それに得点の表示とかどうしているんだろう。この建物に入る前に見たスタジアム的な物の中が気になる。スコアボードとか、座席とか。そもそも戦争の代わりみたいな事を言ってたけど、観客入れるのか? 審判とかちゃんと人数いるのか? 冷静になればなる程疑問が湧き出てきた。さっき持ってきてもらった紙の一部を千切り、質問したい事をまとめておいた。エッケンとコルバノも種族の代表の立場なら、それなりに答えてくれるだろう。
考え事自体はそこそこする方だけど、流石に疲れた。パジャマになる様な物は無さそうだった。またリユを呼び出すのも何か申し訳ないし、とりあえずパンツで寝るか。着替えとかも明日頼んでみるか。金とか請求されたら……とりあえず何か仕事をもらおう。そもそもこの会長職って給料出るのか? そんな事を考えているうちに、寝落ちていた。
疲れてるから熟睡できるかと思いきや、どうしてか過去の夢をみる羽目になる。
――全部俺にボールをまわせ、まず1点取るぞ――
後半残り15分、0-2。さっき1点決められたから0-3になり、すでに完封されかけている。チームの状況が難しい空気になっているとき、こんな事を言えるのはCFの佐藤だけだった。よくある名前の怪物、ヤバい方の佐藤。世間の評価は俺と真逆だった。
ここは確か牛久スタジアム……周りには紺色のユニフォームと、黄色と青のユニフォームが見える。俺が出た数少ない代表戦のうちの一つ、サンライズチャレンジカップ、vsブラジル。親善試合なので相手のスタメンは1.5軍で様子を見られていた。それでこの有様だ。夢は記憶の整理だとどこかで見た。10年以上経つのに、俺未だにこの頃引きずってるのか。
一旦ボールは前線に送られたが、素早い寄せに遭い、バックパスで俺の足元に来た。味方の位置は右サイドに数的優位を作れそうだったので、パスを繋ぐのが確実だ。その時、視界の左端に動きがあった。
佐藤だ。
いつもなら上がっている右SBの米崎にパスを出す流れだった。けれども、気付けば俺は左方向にパスを出していた。佐藤の方へ。欧州中堅クラブで活躍するブラジル
しかし、佐藤はそれを剥がしていた。
バックステップで相手の視界から自らを消し、シュートコースが切られていない位置で前を向く。そして佐藤の足元にボールが収まるまでが、スローモーションの様に見えていた。急に時間の流れが戻る。佐藤の放ったシュートは右側のゴールポストに当たってネットに吸い込まれていった。スコアボードが点滅し1-3と変わる。割れんばかりの歓声に包まれる。俺は他のチームメイトと同じように佐藤に駆け寄った。
佐藤としては早くプレーを再開したいらしく、何人かと軽くハイタッチしていたけど、俺と目が合うと凄い勢いで近付いてきた。その勢いのまま何故か胸ぐらを掴まれる。何でかめっちゃ怒っている。
――何で最初からああしねーんだよ、見えてただろうが――
さらに近付いて額がぶつかる。
――ビビって安パイとってんじゃねえぞ――
「ごめんっ!」
「どうかされたのですか? スズキヤスヒト様」
跳ね起きたまま声のする方を向くとリユがいた。外が明るい。もう朝か。
「へっ、あぁ、何でもないよ……はは」
夢の内容が内容だったので、休んだ気がしない上に汗だくだった。そんな俺の状態をわかっていたかの様にリユは口を開く。
「お湯を用意していますので、ご案内します。こちらをお召しになってください」
手渡されたのは、バスローブの様な物だった。昔テレビの企画で着たな。チーム内の様子をホームビデオで撮るのやつで、こんなの着てふざけたっけな。でかいワイングラスとか持たされて。某芸人の真似とか冒険したけどカットされてて凹んだな、アレは。そんな風に思い出に浸っていると、先を歩くリユに置いていかれそうになる。
だんだんと温泉の様な匂いがしてきた。まさかの異世界に着て温泉に入れるのか。熱海とかたまに行ってたけど、伊東とか伊豆は何となく行きにくかったな。通されたのは銭湯の脱衣所をそのまま石造りにした様な部屋だった。おそらく浴室に続くであろうドアは木製の枠にすりガラスが嵌っている。
「こちらです。お着替えはここにご用意しております」
「ありがとう」
ではごゆっくり、となるかと思いきやリユがその場を立ち去らない。ああ、そう言えばエッケンとコルバノと会う予定確認してなかったな。
「そういえば、昨日確認してもらってた予定だけど……」
「エッケン様とコルバノ様との会談はお昼頃からとなっています。お時間に余裕はございますね」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、ちょっとゆっくりしようかな」
それでもやっぱりリユは脱衣所を出ていかない。
「あの、俺まだ何か忘れてるかな?」
「お背中、お流ししましょうか?」
そう言ってニッコリと笑うリユ。逆に俺の方が恥ずかしくなって、慌てて断るしか出来なかった。
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