第2話

 もう不思議な子供達は騒ぐわ、俺も訳がわからず右往左往するわのカオスのような状況にやってきたのは、これまた現実離れした団体様だった。右から馬馬人馬馬馬人……人とは言うけれど下半身は馬、そして普通の馬には耳の長い人が乗っている。子供達は自分と同じような姿をしている奴に寄って行くけど、何やら訳の分からない言葉で怒られている様だった。最初は子供に向けられていた視線がチラチラとこちらに向けられる。明らかに不審者を見る目だ。

 とりあえずボールを探し出して拾って返してあげたいけど、下手に動くと命の危険を感じる。向こう側の動きを見守るしかなかった。すると、馬の下半身の中から、一番立派なヒゲを生やした奴が一歩前に出てきた。馬の一歩なのでかなり俺との距離が縮まった。このヒゲの感じ、どこかで見たことあると思ったらセルヒオ・ラモスだ。ちょっと、いやかなり似ている。何かを語りかけてくるけど、当然ながら俺は何一つ理解出来なかった。俺が反応出来ずにいると、セルヒオ・ラモス似が少しずつ苛立ちを募らせていく。これは蹴り飛ばされると覚悟を決めようとしたら、ガチの馬に乗った耳の長い人がラモス似の肩に手をかける。ラモス似が明らかに嫌そうな顔をしていた。まるで大嫌いな人間に正論で諭されたような、そんな顔だ。この耳の長い人はシモン・ケアーに似ている。色素の薄い金髪に、薄いブルーの目がとても澄んだ色をしていてきれいだった。そして俺に向かって何かを言ってくるが、やっぱりわからない。

 シモン・ケアー似は、しばらく考えるように顎に手をやり、何かを思い出したかの様に長いステッキ的な物を俺の頭に当てる。思ったよりは痛くないが、光っていたので目がチカチカした。

「さて、これでまともに話ができますね」

シモン・ケアー似は淡々としていたが、俺は驚きのあまり顎が外れるくらいびっくりした。

「え、あ、に日本語?!」

「ニホンゴではありません。あなたが我々の言語を理解できる様にしただけです。子供達の話によると、急にこの地に現れたそうですね」

「そうなんです! 気付いたらここにいたんです!」

思わず食い気味のアピールになる。しかし、シモン・ケアー似は全く動じない。逆に俺の方が言葉が通じた安心感で気が緩み、そこに二日酔いの感覚も戻ってきてしまった。胃の奥底から込み上げてくる物を抑えきれず、俺はその場に盛大に吐く。かろうじて後ろを向けたのは我ながらファインプレーだ。背後から、うわあとか汚いとか聞こえたのには少し凹んだが。


 その後、水をもらって少し落ち着いてから、馬に乗せられた。揺れるとまた気持ち悪くなりそうだったけど、思ったより揺れは小さく、なんとか耐えられそうだった。

「我々は、ゆっくりと話をする必要があります」

シモン・ケアー似のその言葉以外の説明は特に無いまま、俺は街へと向かう流れになっていた。セルヒオ・ラモス似は言葉が通じる様になってからは話しかけてこない。

こんな不審人物をすんなり街に入れて大丈夫なのかと思ったが、俺は今完全な丸腰だ。多分下半身が馬の奴らか、もしくはガチの馬に蹴られれば一発で死ぬ。それをすぐにしないのは、彼らの側も何か目的があるのだろう。

 草原を進んでいくと、あの壁のある場所に近付いてきた。壁の下部分には大きな扉があり、耳の長い人が手を上げると扉が軋む様な音を立てて開く。これもさっき言葉が通じる様になった魔法みたいなものかと思ったけど、違うらしい。壁の内側で、ガッチリとした背の低い男達が縄を巻き取るハンドルを回しているのが見えた。見事なまでの手動ドアだ。


 壁の中の街はそこそこ人がいるようだった。道端には果物や野菜の様な物を山盛りにした屋台や、色とりどりの布が吊るされた軒先、何が入っているかわからない壺が並んでいる店先が見えた。俺が昨日までいた世界とはかなり違うようだ。念のため、もう一度頬をつねってみる。痛いからやはり夢じゃない。周りには、さっき草原で一緒にサッカーをした子供達と同じような姿形の人々(でいいのかわからないけど)が普通に歩いている。ただ、あの鱗の子がいつの間にかいなくなっていたのが少しだけ気になった。違う街の子なんだろうか。

 そんなことを考えていると、少しだけ見たことがある景色が目に飛び込んできた。高い壁に囲まれたそれは、間口を広く取った階段は多くの人々を招き入れるための設計だ。ふとホームの御殿場プロージットスタジアムを思い出した。そう、この造りは間違いなくスタジアムだ。ここでも試合が行われるんだろうか。というか、この全く違う世界でも、サッカーが存在しているというのが不思議だった。その辺のことを詳しく聞いてみたい。

 石造りの城のような大きな建物の前で馬から降りるように言われた。地面に降りると、再び下半身が馬の奴の大きさをあらためて実感する。ピッチ上では戦いたくない。もちろんピッチ外でも争いたくはない。

 建物の中に入ると、俺はある部屋に連れて行かれた。いつの間にか馬の下半身の人はセルヒオ・ラモス似だけ、耳の長い人はシモン・ケアー似だけになっていた。その部屋の中にはもう2人、小柄だがガッチリとした老人と青年がいた。おそらくあの体の入れ方が上手かった子と同じ分類の人達だ。円形のテーブルに座っていて、耳の長いシモン・ケアー似はその隣に座り、俺にも座るように促す。下半身が馬のセルヒオ・ラモスは椅子は使わず、器用に足を折りたたんで座る。何か会議でも始まりそうな雰囲気だ。

 そこで俺は衝撃的な言葉をくらう。それまで、この世界の事をある程度説明されていたけど、それがふっ飛ぶくらいの衝撃だった。

「この世界におけるサッカーを整えて都市間の紛争解決の方法として機能する様にしていただきたい」

これが夢ならどんなに良かったか。

状況が飲み込めず、さらに極度の緊張と二日酔いも相まって、俺はまた吐いた。もう胃の中身はほとんど出し尽くしてしまったので、胃液が喉を焼いた。

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