夕暮/未解決

 

 夕暮れが照らす道を月乃瀬と肩を並べて歩く。

 俺の腕の中には月乃瀬の妹である深月ちゃんが大人しく収まっていた。

 帰り際、様子がおかしかった月乃瀬。母さんを見てからおかしくなったので、最初は他人の親にばったり会って気まずくなっているだけかと思っていたがどうやら違うようだ。

 幼稚園で俺に会った時は普通に話しかけてきたので人見知りというわけでも無いはずだ。

 

 俺と月乃瀬の付き合いなどたかが数日。

 この小生意気な後輩のことは同じ高校で、妹の年が同じだということくらいしか知らないし、冷たいようだが特に知る必要も無いと思っていた。

 しかし先程の様子を見るに、母さんと何かあるというのは間違いない。

 母さんが絡んでいるならば話は別だ。些細なことでも知りたい。

 

 そうは思ったものの、どう聞きだしたらいいかが分からずに無言の時間が過ぎていく。

 無言でいても気にならないような間柄では無いのでかなり気まずい状況だ。

 女子と話すのは苦手ではないが上手く喋れなかった。月乃瀬の重い雰囲気に圧されているのかもしれない。

 深月ちゃんを抱きかかえているので、歩くペースは自然と遅くなっていた。

 

 しばらくすると、腕の中から安らかな寝息が聞こえてきた。

 どうやら深月ちゃんが眠ってしまったようだ。小さな腕を俺の首に回して体重を預けている。

 随分と懐かれてしまったなと思う。双子たちの友達だし悪い気分ではない。

 

 「深月、寝ちゃったみたいですね」

 

 月乃瀬が深月ちゃんを見て微笑む。深月ちゃんに配慮してか少し声のトーンを落としていた。

 

 「すみません。抱っこしてもらっちゃって……」

 「良いって、これくらい。慣れてるし平気」

 「あはは、双子の妹がいるお兄ちゃんですもんね。ありがとうございます」

 

 そしてまた少しの沈黙。一分ほど経ってから月乃瀬が再び口を開いた。

 

 「多分、遊んでくれる大きい男の人が珍しいんだと思います」

 「ん? 深月ちゃんのこと?」

 「ですです。出会って間もない先輩にこんな話をするのもなんですけど、色々あってウチってお父さんが居ないんです」

 

 色々の部分が気になったがそこは詮索しないほうが良いだろうと思い、スルーして相槌を打つ。

 月乃瀬は少し安心したような顔をして話を続けた。

 

 「深月が今よりもずっと小さな頃から居ないから、大人の男の人に遊んでもらったことが無いんです。あ、先輩はまだ大人じゃないですけど、この場では大人ってことで」

 「ああ、深月ちゃん視点から見れば大人ってことね。そういえば幼稚園も大人は女の人ばかりだったっけ」

 「そうなんですよね。親戚との付き合いも薄いので、本当に今まで男の人と遊ぶ機会が無かったんですよ」

 

 月乃瀬は俺を見てくすくすと笑う。

 

 「初めてまともに関わった大人の男の人が自分たちに合わせて遊んでくれるんです。深月、とっても嬉しかったんだと思います」

 「それって遠回しに犬イジりしてる?」

 「はい、すっごく遠回しにイジりました! でも、深月は嬉しかったんだと思うというのは本当です。深月と遊んでくれてありがとうございます」

 「いやいや、ウチの双子と仲良くしてくれてるし礼を言うのはこっちだって」

 「それを言うならこっちだってそうじゃないですか。深月と仲良くしてくれてますし」

 

 しばらく「いやいや」「こちらこそ」といかにも日本人的なやり取りを何度かやって、お互いありがとうってことで話が落ち着いた。

 

 「良ければまた遊んでやってくれませんか?」

 「もちろん。双子も遊びたがると思うし」

 「ありがとうございます」

 「次も俺の家で良いの?」

 

 我ながら自然に切り出せたのではなかろうか。母さんとなにかあるなら俺の家は避けたがるはず。

 ここで『良くない』風に答えられたら理由を聞く。直接的すぎるかもしれないが、回りくどく聞いてもはぐらかされそうだ。

 

 「えーっと……先輩におまかせしま──」

 「俺に任せたら俺んちになるけど?」

 「で、ですよねー」

 

 苦笑いを浮かべる月乃瀬。この話題を深堀りするのは良くないと顔に書いてある。

 

 「そういえばこの前スーパーでドッグフードを買ってるパンダを見ましたよ」

 「なにそれすっごい気になるけど話題の変え方が強引すぎない? すっごい気になるけど!」

 「『笹食ってる場合じゃねえ!』って言いながらレジ通ってました」

 「その話は後日ちゃんと聞くから置いといて」

 

 俺に対してこんな強引な話題の変え方は通用しないと悟ったのか、月乃瀬は「ぐぬぬ」と悔しそうに呻くと諦めて肩を落とす。 

 

 「今日は私の心の準備が出来てなかっただけです。次は先輩のお母さんに会っても大丈夫なように準備していきますので平気です」

 「心の準備ってなに? 人見知りってわけでもないでしょ?」

 「ぐいぐい聞いてきますね! そんなに後輩の隠し事が気になりますか!」

 「隠し事があるの認めちゃってんじゃん……その隠し事に母さんが関わってるなら知りたい」

 「つまり先輩はお母さんのことが気になると……シスコンでマザコン……?」

 「……そうかもな」

 

 後輩と親の間になにかあるなら気になって当然だ。

 それがまさかマザコンと言われるとは思わなかった。いや、確かにマザコンかそうじゃないかなら間違いなくマザコンだ。

 しかも闇が深いタイプのマザコンである。何しろマザコンのマザーこそ初恋の相手なのだ。

 幼児がするような可愛い初恋なんかじゃない。ガチのやつだ。

 

 今はもう俺的には吹っ切っているつもりだし、ちゃんと母と息子として接している。

 ただ、たまに可愛いなとか思ったりするが。

 

 「俺はマザコンってことでいいから、取り敢えず月乃瀬があんなに動揺してた理由をプリーズ」

 「うっ……! うん、でも私としても良い機会かもしれません」

 「良い機会?」

 「こっちの話です! もう少し時間をくれませんか? その内絶対にお話しますから」

 

 その内という言葉を信じていいものか迷う。俺としては母さんが関わることならば今すぐ知りたい。

 が、月乃瀬は素直に教えてくれそうも無かった。良い機会という意味も分からない。

 

 「今言えることは……そうですね……私と先輩のお母さんの間には特に何も無い、と言ったら嘘になりますけどそれは私が一方的に感じてるだけかもしれないといいますかとにかくネガティブな感情は無いですとは言い切れなくもなくもないですけど遺恨がある訳じゃないと思わなくもなくもないですけど先輩のお母さんがどう思ってるかは分からないですしそもそも先輩のお母さんが私を知っているかどうかは分かりませんけどしかし──」

 「おいどうした! 息継ぎをしろ!」

 

 結局、別れるまで月乃瀬はひたすら謎の言葉を喋り続けた。

 月乃瀬と母さんの間になにがあったのか分からずモヤモヤしたままだが、壊れた月乃瀬がちょっと怖かったので別れた時はホッとした。

 

 

 ☆

 

 

 月乃瀬を送った後、真っ直ぐ帰宅すると母さんが夕飯の支度をしていた。

 エプロン姿がとてもよく似合っている。

 母さんは帰ってきた俺に「おかえり!」と言うと、料理を中断して手招きをする。

 俺が近づくと妙に小さな声で口を開いた。

 

 「さっきの月乃瀬さんって……もしかして彼女さん?」

 

 それを聞いて俺は思いついた。月乃瀬が口を割らないならば母さんに聞けばいいじゃないかと。

 二人の間になにかあるならどちらに聞いても問題ないのだ。何故こんな単純なことに気づかなかったのだろうか。

 

 「ただの後輩だけど……月乃瀬のこと知ってるの?」

 「え? 初対面だよ?」

 

 これは空振りだろうかと思ったが、よく見ると母さんの目がすごく泳いでる。

 分かり易すぎる。こんなに目が泳いでる人を見るのは初めてだ。

 

 「ダウト」

 「ご、ごめんね! 月乃瀬さんからは何か聞いてるの?」

 「…………まあ色々と」

 「う、そ、つ、き! 目が泳いでるよ」

 

 どうやら分かりやすいのはお互い様だったようだ。

 

 「月乃瀬さんが言ってないなら、何も教えてあげられません!」

 「……マジでどういう関係なの」

 「色々あるの。あ、一応言っておくけど月乃瀬さんを家に呼ぶのは全然オッケーだからね! 大歓迎だよ!」

 「てことは悪い関係ではないってこと?」

 「もちろん!」

 

 母さんは迷いなく言う。

 月乃瀬は何か色々と言っていたが、母さんは即答で悪い関係じゃないと言った。 

 

 出会ったばかりの月乃瀬のことは当然よく知らないし、母さんのこともろくに知らないのを思い知らされる。

 このモヤモヤは、散々母さんを避け続けてきたツケが回ってきたということなのだろうか。

 謎は解決しないまま話は終わり、この日は眠りにつくまで頭を悩ませ続けたのであった。

 

 

  

 

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