週末/予定
今週全ての授業が終わった金曜日の放課後。
「秋ちん、侑ちんお疲れー!」
いつもなら放課後になると絡んでくる藍之介は早々に帰宅した。恐らくバイトがあるのだろう。
藍之介も侑李も、週末はバイトをしていることが多い。俺も日曜日と、たまに土曜日にシフトが入っているぐらいだが一応バイトはしている。
三人とも違う職場だから、バイト先では三馬鹿と言われないで済んでいる。
「侑李は今日はバイトあるの?」
「僕は無し。秋ちゃんは大友姉妹のお迎え?」
「お迎え行くけど来る?」
「じゃあ、行こうかな。僕も大友姉妹に会いたいし」
そう言ってバッグを肩にかける侑李。
歩く有害図書で、俺たち相手には変な話ばかりする侑李も、流石に双子の前ではただの真面目なお兄さんになるから安心だ。
双子は侑李によく懐いているし、侑李もマイペースなやつだが意外と面倒見が良い。
「りょーかい。じゃあ行こうか」
そう言って教室を出ようとしたタイミングで向こう側からドアが開かれ、驚いて思わず一歩後退る。
真後ろにいた侑李の顔が俺の背中に当たり、侑李は「ふぎゃっ」と間抜けな声を出した。
「げっ」
「人の顔を見て『げっ』とはなんだ、大友」
ドアの向こう側に居たのは俺たちのクラスの担任だった。
若い女教師で、生徒との距離も近いのでかなり好かれている先生である。数学の教師だが、何故か常にジャージだ。
「あれ、三馬鹿じゃなくて二馬鹿になってるな。ついに一人独立したのか」
「三馬鹿っていう組織じゃないんで独立もクソもないですよ」
「組織じゃなかったのか。なら残り一馬鹿も連れていくぞ」
先生はそう言って「絵野原!」と侑李を呼ぶ。
俺の背後に居た侑李は人差し指で眼鏡をくいっと上げて、真正面から先生を見つめ返した。
「え、侑李なんかやらかしたの?」
「なにかをやらかした記憶なんて僕には無い。先生、僕はこれから幼稚園に行くので失礼します」
「絵野原てめえ、幼稚園児にまで手を出すつもりか」
「は? 僕が熟女以外に手を出すと? 僕のプライドを傷つけるつもりなら相手になりましょう」
「侑李、沸点が特殊すぎるって」
何故か中国拳法みたいな構えをとる侑李に先生は呆れたように息を吐くと、素早く侑李との距離を詰めて頭を鷲掴みにした。
「馬鹿め、残像だ」
「絵野原……お前頭掴まれといて『残像だ』とかよく言えるな。どうみても残像じゃなくて実体だろうが」
「痛い。アイアンクローは止めてください」
「お前の頭は一回潰しといた方がまともになるんじゃねえか? 絵野原、お前を連れて行かなくちゃいけない理由を教えてやろうか?」
「聞こうじゃないか」
「なんでそんなに偉そうなんだ。お前、私が懸命に作った小テストをまともに解こうともせず、回答欄全部で一人まるバツゲームなんてしやがって……許さんからな」
「許せ」
「だからなんでそんなに偉そうなんだ! とにかくお前、再テストな」
侑李はアイアンクローを極められたまま連行された。完全に自業自得だと思う。
取り敢えず、侑李はもう来れそうにないので一人でお迎えに行くことにした。
昇降口で靴を履き替え外に出る。すると、校門に見知った顔が寄りかかっているのが見えた。
避けて通れないので、無駄な足掻きとは知りつつも、なるべく足音を殺しながら通り過ぎようとしたら案の定声をかけられてしまう。
「先輩っ! なんでそんなにコソコソしてるんですか?」
そう言って、月乃瀬は首を傾げた。前に『しっー!』をしながらウィンクされた時も思ったが、あざとい仕草がいちいち様になる後輩である。
嫌味がないと言えばいいのだろうか。月乃瀬があざとい仕草をしても自然に見えるのだ。
そんな人を俺はもう一人知っている。俺の母親、大友遥奈だ。
個人的には、母さんの方があざとい仕草が似合うと思う。自信は無いが、身内びいき無しに見てもそうなはずだ。
「コソコソしてないよ」
「いやいや、完ッ全に忍び足でしたからね……もしかして私を避けようとしてます?」
「だって……恥ずかしいし」
「えっ」
「犬姿を見られたから」
「あ、まだ気にしてたんですね。私が見た時は犬というよりお馬さんでしたけど」
会話しながら、月乃瀬は自然に俺の左隣を陣取る。
「え、これまさか一緒に帰ろうとしてる?」
「ダメでした? 先輩、妹さんのお迎えに行くんですよね? 私も深月を迎えに行くので一緒に行こうかなーと思ったんですけど」
「まあ良いけどさ……お迎えは遊びじゃねえからな」
「お迎えガチ勢!?」
こうして俺と月乃瀬は何故か一緒に帰ることになった。
道中、別になにか特別な事件が起きるわけでもなく、普通に電車に乗って普通に並んで歩く。
向こうから色々と喋ってくれるので特に気まずい思いをすることも無く、幼稚園に着いてお互いに妹と合流すると、月乃瀬はあっさりと帰っていった。
俺も夕飯の準備があるので双子と手を繋いで早々に帰宅する。母さんが仕事で遅くなる時は夕飯作りや風呂の準備などは俺の仕事だ。
母さんはすごく申し訳なさそうにしているが、働き過ぎで倒れられでもしたら非常に困る。
高校生の俺だけでは双子の面倒は見きれない。その辺はちゃんと弁えてるつもりだ。
夕飯は俺担当のことが多いのは確かだが、母さんは毎朝必ず双子と俺の分の弁当を作ってくれる。
それはすごく嬉しいのだが、双子のと一緒に作っているからか、大変可愛らしい内容の弁当なことがあってちょっと恥ずかしい。
男子高校生の弁当に、幼児向けアニメのキャラ弁は勘弁してほしいところだ。
帰宅後、夕飯や風呂の準備を終え、お絵描きタイムに突入している双子を見ながら寛いでいると母さんが帰ってきた。
「お帰り」
「おかえり!」
「おかえりー!」
母さんは笑顔で「ただいま!」と返すと双子を抱きしめる。流石に俺は抱きしめられることは無いが、ぽんっと肩を叩いて「今日もありがと、お兄ちゃん」と感謝を伝えてくれた。
家族が揃うと夕食の時間だ。双子が今日はどういう風に過ごしたかを話し、俺と母さんがそれに相槌をうつ。
食べ終わると、母さんと双子は一緒にお風呂に入った。
ちなみに俺と母さんのどちらが双子と一緒にお風呂に入るかは、その日の双子の気分次第だ。
我が家のお姫様には俺も母さんも逆らえないのである。
母さん達の後に俺も風呂に入って、その後はリビングでまったりと過ごす。
秋菜を母さんが、秋穂を俺が膝に乗せテレビを見ていると、母さんが「あ、そういえば」と話を切り出した。
「お兄ちゃん明日はバイト無かったよね? ごめんだけど、双子ちゃんのこと任せてもいいかな?」
「良いけど……休日出勤?」
「そうなの! 平日に代休があるから良いんだけどねえ。でも平日休んだところでお兄ちゃんも双子ちゃんも家に居ないんだよ? 悲しみですよ悲しみ」
そう言って泣き真似をする母さん。やはり月乃瀬よりあざとい仕草が似合うし可愛い。
俺より年上で、今はもう母親な人に可愛いと思ってしまうのは、心の奥底ではまだかつての初恋が消化しきれてないからだろうか。自分でも分からなかった。
「たまには俺たちの事を忘れて息抜きするのも良いんじゃない? 取り敢えず、明日は任せてよ」
「うぅ……私の一番の癒やしは家族と過ごすことなんだよ? でも、ありがとうお兄ちゃん。明日も頑張ってくるね!」
気合を入れた母さんは「そろそろ寝るよー!」と言って双子を寝室へと促す。
すると秋穂はより一層俺にへばり付き、離れないという意思表示を見せる。どうやら今日は俺と一緒に寝ると決めたようだ。
「いいよ、秋穂は俺が寝かしとく」
「ありがとう! じゃあおやすみなさい」
就寝の挨拶をして母さんは寝室へと向かった。俺も秋穂を抱っこして自室に向かう。
ベッドの壁際に秋穂を転がして、俺もその隣に寝そべる。
「しゅーおにいちゃんなら、あきほのとなりでねてるぜ!」
「待って秋穂! それどこで覚えてきたの?」
「まっきんきん!」
「藍之介……ギルティ……」
トークアプリで藍之介に『次に会ったときがお前の最期だ』と送ると『なんで処されるの!?』と返事が来たので既読スルーしてアプリを閉じた。
しばらくすると、またトークアプリの通知が来る。藍之介が何か言っているのかと思ったが、アプリを開いて確認すると、差出人は月乃瀬だった。
[星来:深月が先輩たちと遊びたいって言ってるんですけど、明日とか時間ありますか?]
メッセージを見てどうするか迷ったが、これは俺だけの考えで返事をするのは違うなと気付き、隣でまだ眠っていない秋穂に声をかける。
「明日、深月ちゃんが遊びたいって言ってるけどどうする?」
「みづきちゃん!? あそぶー!」
「秋菜はどうなんだろ?」
「あきなちゃんもあそぶよ!」
「うーん、本人に聞かないとなあ……取り敢えず秋穂はオッケーって伝えとくか」
月乃瀬に返事をすると、すぐに既読が付いた。
[星来:りょーかいです! じゃあ明日また連絡しますね。もし遊ぶとしたら私ん家以外になります!]
[秋護:それは良いけど、月乃瀬家はなんでダメなの]
[星来:先輩、JKの家に来たいんですか? 年頃のおなごが住む家に来て匂いでも嗅ぐつもりですか?]
[秋護:おなごて]
そう言われると引き下がるしかない。ここで『行きたいです!』とでも返せばドン引きされそうだ。
結局、外で遊ぶか大友家で遊ぶかの二択になって、決まらないまま時間は過ぎ、いつの間にか眠っていた秋穂に釣られて俺も寝落ちしてしまった。
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