仲良し/自販機


 「大友先輩……ですよね?」

 「……そうだけど、何で知ってるの」

 

 後輩の女子に幼女と戯れている姿を見られた俺は、恥ずかしさを耐えて聞き返す。

 俺はこの後輩の名前を知らないし、顔も見たことがない。しかし、どうやら向こうは俺のことを知っているらしい。

 

 「ま、まあいいじゃないですか。色々あったんですよ」

 「色々? 気になるんだけど……」

 

 さらに追求しようとすると、深月ちゃんが後輩の制服を引っ張る。

 

 「しゅうおにいちゃんくんとおともだちなの? なかよしなの!?」

 「え、私と先輩が? え、えーっと」

 

 やけに瞳をキラキラと輝かせた深月ちゃんに気圧される後輩。

 後輩がちらちらと俺に視線を投げかけてくるが、深月ちゃんが目を輝かせている理由が分からない以上、どこに地雷があるか分からないので沈黙を貫かせてもらう。

 期待はずれの返答をして、他所様の子供を泣かせてしまうような事態は避けるべきだ。

 俺が助け舟を出す気がないと察したのか、後輩は俺に向かって頬を膨らませると、困り眉を作りながら深月ちゃんに向き直る。

 

 「私と先輩は、知り合いというか……今知り合ったというか」

 「しりあい? おともだちじゃないの?」

 

 何故か涙目になる深月ちゃんを見て、後輩が焦りだす。

 

 「え、え? 何で泣きそうなの!?」

 「だって、しゅうおにいちゃんくんとおともだちなら、おうちでもみんなであそべるもん。おともだちじゃなかったらあそべないもん」

 「なるほど。私とも先輩とも一緒に遊びたいから、私達が仲良しだったら都合が良いってことかな?」

 「え、今のってそういう意味だったんだ」

 

 後輩の解釈は概ね正解のようで、うんうんと頷く深月ちゃん。

 要領を得ない説明でも通じるのは、姉妹の絆が為せる技かと思わず感心してしまった。

 

 「ふふん! 深月のことならなんでも分かっちゃうんですよねー」

 「さっき『何で泣きそうなの!?』とか言ってたじゃん。ある程度のヒントが無いと分かんないんでしょ」

 「細けえこたぁ良いんですよ、先輩」

 

 そこでふと思った。俺レベルの妹マスターならば、顔を見るだけで思っていることが読み取れるのではないかと。

 双子に目を向けると、俺たちのやり取りをニコニコと笑いながら見ていた。

 俺には分かる。笑顔を浮かべてはいるが、あれは恐らく何も考えていない顔だ。

 

 「よし! 深月、取り敢えず今日は帰ろ? 先輩とは今度友達になっておくから」

 

 やや強引だが、離脱することでこの場をおさめようとする後輩。

 普通に考えて、幼女の犬と化していた異性の先輩など、妹付きとはいえ家に呼びたくはないだろう。

 俺が女だったら実際に友達になって家に呼ぶこともできたかもしれないが、俺は心も身体も男の子である。

 

 不満げな表情を浮かべる深月ちゃん。そんな俺たちを静かに見ていた双子がここで声をあげた。

 

 「なんで? いまじゃだめなの?」

 「どうして? いまじゃだめなのー?」

 

 俺たち全員の視線が、双子に集中する。

 

 「まっきんきんがいってたよ」

 「しゅーおにいちゃんはおともだちがおおいって」

 「おともだちのあかしをこうかんして」

 「あくしゅすればおともだちー!」

 

 双子の言う『まっきんきん』とは、恐らく金髪の藍之介のことだろう。俺が知らない間にいったい何を双子に吹き込んでいたのだろうか。

 

 「友達の証ってなに? 藍之介に何を教えてもらったの?」

 「おともだちのあかしは『あいでぃー』だよ!」

 「おとなは『あいでぃー』があればいつでもおはなしできるっていってたよー!」

 「『あいでぃー』? ああ、トークアプリのIDのことか」

 

 まだトークアプリとは無縁の子供に何を教えているのか。今度問いただすと心に決めた。

 

 「はい、じゃあこうかんして?」

 「こうかんこうかんー!」

 「おねえちゃん……! しゅうおにいちゃんくん……!」

 

 双子と深月ちゃんの圧が凄い。俺と後輩は「うっ……!」と圧されると、小声で会話を開始する。

 

 「せ、先輩。どうしてこんなに深月に懐かれてるんですか!?」

 「いや、俺は幼女の犬になってただけだし……」

 「言いかたヤバいですよ、先輩!」

 「取り敢えず交換したフリでもしとこうか」

 「あ、はい」

 

 交換したフリ作戦を決行しようとお互いにスマホを取り出す。すると、双子が妙に鋭い声で言った。

 

 「うそはゆるしませんからね!」

 「ゆるしませんからねー!」

 「きょうのよる、おはなしできるかかくにんしますからね!」

 「しますからねー!」

 

 その言葉に俺たちは互いに何を言うでもなく、本当にトークアプリのIDを交換し、その場は解散となった。

 

 

 夜。双子が言った通り、本当に『おはなしできるかチェック』が行われた。

 写真も送れると知った双子は、後輩に深月ちゃんの写真を要求。

 送られてきた写真と、あらかじめ深月ちゃんと決めていたらしい『あいことば』で本人確認をするという、幼女にあるまじき手腕でチェックを済ませた。

 これで俺と後輩は友達認定されたというわけだ。

 

 後輩の名前は、月乃瀬星来つきのせせいらというらしい。

 双子が眠ったあと、何故俺の名前を知っていたかを改めて聞いてみたが教えてもらえなかった。

 入学して間もない人に名前を知られるほど、有名人になった覚えはない。

 考えながらベッドに入る。これまでの人生を振り返ってみても、月乃瀬星来という少女と関わった記憶など無いし、名前も聞いたことがなかった。

 心当たりが無さすぎる。

 

 考えてるうちにかなり時間が経っていたようだ。

 時間帯は深夜。部屋の外で足音が二つ響くと、ドアが開いて小さな影がこちらへ近づき、布団に潜り込んできた。

 

 「ふぁ……しゅうおにいちゃ……」

 

 母さんに連れられやって来たようだ。どうやら今日は秋菜の日らしい。

 寝ぼけ眼でしがみついて来たので、寝ている内にベッドから落ちないように壁側へと誘導して、背中をぽんぽんと叩く。

 秋菜の体温を感じながら、俺も眠りについた。

 

 

 ☆

 

 

 翌日。いつも通りに登校し、藍之介に「俺の天使達に余計なこと教えんじゃねぇよタマ潰すぞこら」と釘を刺し、いつも通り三人で昼休みを過ごす。

 

 「そこでそのイケメンはこう言った──『今度は熟女が怖い』。めでたしめでたし」

 「侑ちん……めでたくないし、それ饅頭こわいだよ……」

 

 侑李の熟女落語を聞き流しながら弁当を食べ終える。

 食後のお茶を飲もうとバッグからペットボトルを取り出したが、残り僅かしか入っていないのに気付いた。

 

 「あー、そういえばお茶が無かったんだった。自販機行くけどなんか要る?」

 「サンキュー秋ちん! 俺、コーラ!」

 「僕は完熟トマトジュース。ありがと、秋ちゃん」

 「らじゃー」

 

 二人からお金を受け取って教室を出た。

 一人で自販機に向かっていると、道中で知り合いに「あれ、残り二馬鹿は?」と聞かれたので「おりゃん」と返す。

 クラスの担任が俺たちのことを三馬鹿と呼ぶせいで、こうやってイジられることが多い。

 これくらいで気を悪くすることは無いが、話したことがない人から言われたら流石に面食らうこともある。

 

 階段を降りて自販機に近づくと、売店や食堂が近いので生徒の数が多くなる。

 その中に昨日見た顔があるのに気付いた。

 

 「あ」

 

 向こうもどうやら俺に気付いたらしい。自販機のすぐ側に居るので、避けて通ることができない。

 こちらとしては、幼女の犬姿を見られた恥ずかしさがあるのであまり関わる気は無かったが、後輩はそうでも無いようだ。

 

 「こんにちは、先輩」

 「こんちは、後輩」

 

 挨拶された以上、無視はできない。

 

 「月乃瀬つきのせでいいですよ。後輩って言ったら他に後輩が居た時ややこしいですから」

 

 「りょうかーい」と気のない返事をしながら、お茶と頼まれた物を買う。

 すると月乃瀬が横に並んで、何故か俺に憐れみの目を向けてくる。

 

 「先輩、パシりですか。可哀想に……」

 「言っとくけどイジメられてるわけじゃないからね。ついでだよ、ついで」

 「なるほど。望んでパシられたんですね」

 「言いかた」

 

 ツッコむと月乃瀬はクスクスと肩を震わせて笑う。

 そしていきなり、俺に向かって軽く頭を下げた。

 

 「え、なにその緩急」

 「いや、昨日はすみません……先輩に迷惑かけちゃって」

 「そういうことね」

 

 昨日は月乃瀬に恥ずかしいところを見られたくらいで、俺には一切迷惑などかかっていない。

 寧ろ迷惑をかけたのは俺のほうだろう。双子の圧が原因で、幼女の犬と連絡先を交換する事態になってしまったのだ。

 それを伝えると月乃瀬は困ったように笑った。

 

 「私は別に連絡先の交換が嫌だったとかは無いですよ? ただ……」

 「ただ?」

 「色々あるんですよ! 色々!」

 「また色々?」

 「イイ女に秘密はつきものですよ、先輩。では私は行きますね。また深月がメッセージ送りたがると思うのでよろしくです!」

 

 顔の前で人差し指を立てて、ウィンクしながら「しっー!」としてから、月乃瀬は去っていく。

 あざといポーズだったが、顔が良いからサマになっている。

 

 「……俺も戻ろ」

 

 コーラとトマトジュースが温くなる前に教室へと戻った。

 

 「『ずぞぞぞぞ! ずぞぞ!』」

 「侑ちん!? 熟女を啜る音ってなに!?」

 「え、まだやってんの?」

 

 席に戻ると、侑李の熟女落語はまだ続いていた。

 

 「『ずぞぞぞぞぞぞッッ!』」

 「侑ちーん! 戻ってきてぇ! 啜らないでぇ!」

 「…………」

 

 三馬鹿と言われるのは仕方ないのかもしれない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る