友人/後輩
友人/遭遇
俺の朝は、スマホのアラーム音から始まる。
けたたましい音が部屋中に響き、薄っすらと目を覚ます。
アラームを止めようと右手を動かすが、スマホの位置を見ずに止めようと横着をしている為、上手く掴む事ができない。
結局首を少し動かし、スマホの位置を確認してアラームを止めた。
寝坊しないように、時間を少しずつずらしてアラームを五つ設定してある。もちろんアラーム全てのスヌーズもオンにしている為、非常にしつこく何度も鳴るから凄くうるさい。
「あっつい……」
身体が熱いので掛け布団を一枚剥がす。布団の中で、熱さの原因が俺の胴に張り付いていた。
「しゅーおにいちゃ……むにゃ……」
「今日は秋穂の日か」
朝目覚めると双子のどちらかが隣で寝ていることが、なかなかの高頻度で起こる。
どうやら今日は秋穂の日らしい。暢気な寝顔を晒し、よだれを垂らして眠っていた。
昨日の夜、俺が寝るときは確実に一人だったはずだから、夜中に一人でやって来たか、母さんに運ばれて来たのだろう。
アラームが鳴っても動じず眠っているあたり、将来は立派なプロのお寝坊さんになりそうだ。
しばらく寝顔を堪能していると、部屋の外が騒がしくなった。
「おはよー!」
双子の姉、秋菜がまさに元気溌剌といった感じでドアを開けて現れた。
一緒に寝ていない方の双子がこうやって起こしにくるのも、我が家の恒例行事である。
アラームでは起きなかった秋穂が、秋菜の声には直ぐに反応して目を覚ます。
「ふぁ……おは……」
「おはよう、秋穂。秋菜もおはよ」
起きた後は、俺は学校の準備があるし、双子は幼稚園の準備があるからあまりのんびりしている間も無い。
母さんも仕事があるため、手分けして双子の面倒を見つつ、こちらも着替えたり朝食を摂ったり諸々の準備を終わらす。
準備が終わると、一番に家を出るのは俺だ。自室からバッグを取ってきて玄関に向かっていると、お着替えを済ました双子が立ちふさがった。
「ようちえんのふくにあう?」
「にあうー?」
「似合ってる似合ってる。可愛いよ」
「こころがこもってない!」
「こもってなーい!」
「……いってきます」
心を込めて言ってるつもりだったが、どうやらお気に召さない様子。幼女の扱いは難しい。
自宅から駅まで徒歩十分。そこから電車で二駅、電車から降りて徒歩五分の場所に俺の通う高校がある。
「大友くんおはようー!」
「おはよー」
「おっす、秋護」
「うぃーす」
知り合いに挨拶を返しながら、スリッパ型の上履きに履き替え校内を歩く。自販機で緑茶を買ってから教室へ向かった。
教室のドアを開ける。昨日あったクラス替えの影響で、まだ若干空気が硬い気がした。
昨日は始業式のみで終わったが、今日から本格的に高校二年生が始まるのだ。
自分の席に座って、前の席に座る人の背中を突く。
「おはー」
「お、
「昨日どうしたの? サボり?」
「サボりじゃない。寝起きでプラモ作ってたらいつの間にか学校が終わってただけ」
「サボりじゃん! てかなんで平日に寝起きでプラモ作るの」
真面目そうに見えるのは外見だけで、その実態は控え目に言ってやばい奴である。
授業で数学の小テストがあった時、侑李の席からカラカラという音が聞こえてきたことがあり、気になって見てみると侑李が鉛筆を転がしていた。
マークシートでもないのになんで鉛筆を転がしてるんだと思ったが、その鉛筆をよく見てみると当然のように数字が書いてあり、出た目をそのままテストに記入しているではないか。
もちろん計算式など無いし、正解も無かった。
まだ色々なエピソードがあるが、簡単に言うと「スマホを無くした」と言って、実は無くしてなかった自分のスマホで自分のスマホに電話をかけようとするし、上の体操服を忘れたからと言って、下はハーフパンツで上半身は冬服ブレザーという格好で普通に体育の授業を受けようとする男だ。
今も何食わぬ顔で本を読んでいたが、中身は熟女モノの官能小説に違いない。
テストの成績はシンプルに馬鹿な点数だが、体育のサッカーでキーパーをやらせたら異常に上手いという地味な特技を持つ。
暫く侑李と話していると、教室のドアが一際大きな音を立てて開かれた。教室内にいたクラスメイトの視線が集中する。
「ふはは! 俺、参上!」
派手な金髪に大きなピアス。八重歯を剥き出しに笑うその男は、教室内を見渡し俺と侑李を見つけると大股で歩み寄ってきた。
「
「おーす、元気だね」
「うるさい。声でかい」
「秋ちんは優しいなあ……それに比べて侑ちんは辛辣だなあ」
そう言って「ふはは!」と笑うこの男は、
チャラそうな見た目だが、初心で純情な男である。
「彼女ほしい」と口癖のように言うくせに、いざ目の前にタイプの女子が現れたら顔を真っ赤にして黙ってしまう。トークアプリを通してもまともに会話できず、彼女ができたことがない。
ただ、侑李とは真逆で学校の成績は凄く良い。
「俺は天才だー!」
とテストが返ってくるたび、何処かで聞いたことのあるようなことを言う。
俺と侑李と藍之介。去年も学校ではこの三人で一緒に居ることが多かった。
性格はバラバラだし、趣味も合うわけではないが不思議と落ち着くメンバーなのだ。
「先生きたぞー、はよ席つけ……あ、そこの三馬鹿は今年も私のクラスかよ。おら、はよ席に戻れ」
落ち着くメンバーだが、三馬鹿と括るのは止めて頂きたいと思っている。
☆
午前中の授業が終わり、昼は侑李の熟女小噺を聞き流しながら弁当を食べる。
午後の授業を眠気に耐えながら乗り切って、帰る準備を終わらせスマホを開くと、母さんからメッセージが届いていた。
[遥奈:ごめん! 遅くなりそうだから、今日お願いできるかな?]
了解のスタンプを送り、スマホをポケットにしまう。
「秋ちん! 侑ちん! 遊び行こうぜ!」
「ごめん、今日はパス」
帰り支度を済ませ寄ってきた藍之介の誘いを、即答で断った俺に侑李が聞く。
「お迎え?」
「そう、俺は天使を迎えに行く」
「秋ちゃん、相変わらずシスコン。大友姉妹は今何歳だっけ?」
「四歳。可愛い響きの年齢だろ?」
「分かんない。四十六歳は美しい年齢だと思うけど」
「二人とも何言ってるか分かんねーよ! 取り敢えず今日も妹ちゃんに勝てなかったのは分かった……また誘うね、秋ちん!」
「あ? てめぇ俺の妹に勝てると思ってんのか?」
「秋ちん、沸点が特殊すぎるよ……」
快く送り出してくれた友人二人に感謝し、声をかけてくれる皆に挨拶しつつ校舎を出た。早足で駅へと向かい、良いタイミングで来ていた電車に乗る。
あっという間に自宅に近い駅に着くと、登校時とは少し違う道を進む。
目的地が近づくと、母親と手を繋いだ園児が帰っているのが見えた。母親とは顔見知りなので挨拶しながらすれ違う。
幼稚園の運動場が見えてきたので覗いたが、双子の姿は無い。どうやら室内で遊んでいるようだ。
正門を抜けると、通りがかった幼稚園の職員が俺に気付いた。
「あら秋護くん、お疲れ様です。秋菜ちゃん、秋穂ちゃん、お兄ちゃん来たよー!」
呼びかけに応じて、奥から「はーい!」という声が響く。ぱたぱたと足音が聞こえ、双子が姿を現した。
「しゅうおにいちゃんおかえり!」
「しゅーおにいちゃんおかえりー!」
「ただいま。走ったら危ないでしょー」
「ごめんなさい!」
「ごめんなさーい!」
「謝れて偉い」
秒速で許した俺に、職員さんが「相変わらずねえ」と呟いた。
いつもならば俺に「おかえり」と言った後、直ぐに荷物を取りに戻る双子だが、今日は何か言いたいことがあるのか、二人で俺の制服の裾を掴んでいる。
「どうした?」
「えっとね、きょうはもうちょっとのこっていい?」
「みづきちゃんとあそぶー!」
みづきちゃんは双子の友達だ。
幼稚園の話を俺にしてくれる時によく出てくるから、よほど仲が良いのだろう。
「みづきちゃんも残ってるんだ。珍しいね」
「めずらしい!」
「あそぶー!」
「いや、まあ俺は全然待てるけど……」
ちらりと職員を見ると、職員さんは親指を立てて二度頷いた。
「OK出たから待ってるよ。行ってきな」
「しゅうおにいちゃんもいっしょ!」
「いや、俺は……」
「しゅーおにいちゃんもいっしょー!」
双子に無理矢理引っ張られて幼稚園の中へ入る。この歳でこうやって幼稚園に入るのは何だか気恥ずかしい。
「みづきちゃん、しゅうおにいちゃんつれてきたよ!」
「つれてきたよー! おままごとやろ!」
どうやら俺は今からおままごとをさせられるようだ。家でやるならば喜んで犬にでもなるところだが、今は周りに幼稚園の先生方も居る。
「(これ、恥ずかしいやつでは……?)」
正直やりたくなかったが、花の咲いたような笑顔を見せるおさげ髪のみづきちゃんを前に、抵抗する気力は削ぎ落とされてしまった。俺は犬役だった。
幼女ファミリーの犬になって数十分。
犬のお散歩という名のお馬さんごっこをしている時だった。秋菜、秋穂を順番に背中に乗せ、次はみづきちゃんの番だ。
順番を待っている間ソワソワしていたみづきちゃんが可愛かったので、俺も満更ではない。
みづきちゃんを背中に乗せ、いざお散歩へというところで幼女のものでは無い声が聞こえた。
「
声の主を見て固まる。向こうもまた俺を見て固まっている。
「おねえちゃん」
みづきちゃんが俺の背を降り駆け寄った先、先程の声の主は若い女性だった。
明るめの茶髪が肩辺りまで伸び、緩くウェーブがかかっているせいか、どこかふわふわとした印象を受ける。
目は大きく、瞳は髪色と似た色で輝く。薄く化粧をしているのか、艶のある肌は白く美しい。
大人っぽいけど子供のよう。大人しくも見えるが、活発にも見える。
まさに大人と子供の中間といった感じの、不思議な雰囲気の少女だった。
「おねえちゃん、しゅうおにいちゃんくんがあそんでくれた」
「しゅうおにいちゃんくんって……」
少女が困惑の表情を俺に向ける。
ただでさえ恥ずかしいのに、幼女ファミリーの犬になっているところを同年代の女子に見られるとは、恥ずかしさが倍である。
しかも少女は俺と同じ学校の制服を着ているときた。制服の新しさから見るに後輩なのだろう。
「えーっと……あの……」
それにどうやら同じ学校というだけではなく。
「大友先輩……ですよね?」
──俺のことまで知っているらしい。
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