雨粒が叩くは
白部令士
雨粒が叩くは
そこは放棄された村だった。
土砂降りの雨のなか、雨音を裂いて、ぬかるみを踏み散らす音と金属を打ち合う音がする。
――そして、叫声。
銀髪銀鬚のドワーフが、三十体近いゴブリンを相手に戦っていた。
「やっとられん。雨だけでも滅入るというのに」
ドワーフが戦斧を振り回す。右前方にいたゴブリンの頭が弾け飛んだ。
ドワーフは、寸胴の鎖帷子を革の部分鎧で留めるという装束だったが、雨と泥、ゴブリンの血ですっかり汚れていた。
「十匹は仕留めたと記憶するがの。余程、儂が恨めしいか」
ドワーフはまた戦斧を振り回す。ゴブリン共が警戒して距離を取った。
「そこの方。観ていないで助けてくれんかの?」
ドワーフが、背にした廃屋に向けて呼び掛けた。
「気付いていたのか。なんだかんだで、余裕があるんだな」
廃屋の陰から姿を現したのは、雨具を兼ねたマントを羽織った人間の女。マントの隙間から、鉄製の籠手をはめ、剣か刀を帯びているのが見える。髪に挿した
ゴブリン共がゾマニィの登場に動揺を見せる。
人間の女としては、多少上背があるぐらいのゾマニィだったが。ゴブリンからすれば、確実に見上げる存在だった。そして、見間違いようもなく戦士。
「あんたが逃がしてあげたオークのお嬢ちゃんに懇願されてね。取り敢えず、来てはみたってわけだ。オークを助けるなんて、特殊な趣味でもあるのか?」
若い雌――女性体オークを逃がす為に、このドワーフは戦っているのである。
「この辺りのオーク部族は、人間との共存を望んでおる。散々いたぶられた挙句、丸焼きにされるのが分かっていながら、助けないわけにはいくまいて」
エルフやドワーフ、ノームにホビットと同じように、オークにも人間を許容し、共に生きようとする者が在るのだ。陰性オーク、などと呼ばれている。
「そうか。ここいらは、そんな感じだったか。納得した。……で、私の助けが必要だと?」
「うむ、頼む。雨は好かん」
「では、しがない人間のゾマニィが、せいぜい力になるとしよう」
ゾマニィは直刀を抜いて躍り出た。
「むぅっ」
剣ではなく、直刀使い。髪に挿した青羽を改めて認識し、ドワーフは思い出した。
「ゾマニィ。聞いたことがあるぞ。
「傭兵団で、どうにか生き残っただけなんだが」
ゾマニィが息を吐く。
一時、動揺を見せていたゴブリン共が、数を頼みに押し寄せて来る。
「全く。変な名前が付いたものだ」
と、ゾマニィは直刀を振るう。間合いに入ったゴブリンが薙ぎ払われた。
「変? どこがじゃ。立派な通り名じゃと思うが。変というのはの――」
と、そこでドワーフが口籠る。態とらしく、足元のぬかるみを気にした。
「なに? なにを言おうとした?」
「……なんでもない」
「へぇっ」
笑みを唇に含んだゾマニィの直刀が、踏み込んで来たゴブリンの右手を落とし、返す刃で喉を裂いた。
「名前を訊いていいか?」
「……さて」
雨に目を細めながら、ドワーフが戦斧を振り下ろす。得物と頭を叩き割られたゴブリンが、妙に高い声で啼いた。
「いいじゃないか。な・ま・え」
「ゴイン。……ゴイングード」
しょうがない、という体でドワーフが名乗った。
「やっぱりそうだ。
「ホビットじゃあるまいし、儂は投石なんぞせんのに。礫とは心外じゃ」
「突っ込んだきり、戻って来ないからじゃないか? 誰かが回収に行かないと」
出来る限り、明るく述べたゾマニィである。
「ふん」
ゴイングードが鼻を鳴らす。
神の祝福を模した魔法具の登場とその防御効果によって、飛び道具の武器としての価値が著しく低下して久しい。それを織り込んでゴイングードを礫呼ばわりしたのなら、意味するものは過去の遺物か役立たずか――明らかな侮辱であった。
「納得いかん。納得いかんぞ」
「……そうか。うむ」
ゴイングード、そしてゾマニィは同時に手近なゴブリンを斬り伏せた。ゴイングードだけ、ぬかるみに足を取られそうになる。
「雨でさえなければ、助勢を求めたりはせんかったわい」
呟いて、ゴイングードが恨めし気に空を見やった。
「銀は貴重だ。頼まれなくても、回収するかもな」
さりげなく、ゴイングードの呟きに返すゾマニィ。
実際、ゾマニィは助けに入る寸前だったのである。彼女はゴイングードの戦いっぷりを気に入ったのだ。
ゾマニィは直刀を、ゴイングードは戦斧を振るう。振るう度に、と言っていいぐらいにゴブリンの死骸が雨泥に突っ伏した。次第に、ゴブリンの方からは距離を詰めなくなった。
「頃合いか――」
ゾマニィの動きが変わった。別の生き物が乗り移ったかのよう。足場の悪さを気にもせず、次々とゴブリンを斬り倒していく。
「おい……」
抵抗する間もなく散っていくゴブリンに、情け心が浮かんだゴイングード。しかし、声を掛けた時には、最後の一体の首が刎ねられていた。
「少し、やり過ぎじゃないかの」
見たところ、成熟したゴブリンばかりだった。彼らの住処には、幼体のゴブリンがいて、父母の帰りを待っていたかもしれない。
「やり過ぎだと? そんなことはない。……ま、場合にもよるがな。とにかく、ゴブリンの性根を甘く見ないことだ」
直刀の血脂を拭って鞘に収めると、ゾマニィはゴブリン共の所持品を手早く物色した。金銭と、換金出来そうな物の半分をゴイングードに渡し、残りを自分の物とした。荷物になりそうな、武器防具には手を付けなかった。……いや、銀の短刀の一振りには目を留め、ゴイングードに確認を取った上で、マントの隠しに入れた。
「夜になれば、死骸は魔獣が片付けてくれるだろう」
ゾマニィは、廃屋の陰に置いていた自分の背負い袋を取りに戻って戦利品を仕舞った。
今頃になって、雨が上がってきた。
「礼を言っておく。有り難う」
「どういたしまして」
ゾマニィは丁寧に応じた。
「さて。これからのことなんだが。私が落ち着いている宿、結構、いい酒を出すんだ」
「ほう。酒とな」
戦斧の手入れに取り掛かろうとしていたゴイングードの手が止まる。喉が鳴った。
「よかったら……んっ?」
ゾマニィは気配を感じていた。近付いて来る者が多数在る。目を向けると、自分に懇願してきたオークのお嬢ちゃん――若い雌、女性体オークが十数体のオーク戦士を連れ立って来たらしいと知れる。
「オーク達じゃの。ほぅ、よく集まったの」
と、ゴイングードが感心した。
オーク戦士らから、喜色の籠もった歓声が上がる。ゾマニィとゴイングードを讃えているようだった。
「私の言ったことは、忘れてくれ。どうも、彼らとの宴会になりそうな雰囲気じゃないか」
相手が陰性オークなら、言葉通りの宴会。只のオークならば、それは血祭り。
「遠慮なく楽しめばいいさ」
ゾマニィは、ゴイングードの肩を叩いた。
「他人事な言いようじゃの。オークの宴なら、勿論、お前さんも同席じゃぞ」
「えぇっ……」
困ったという顔を作ったゾマニィだったが、直ぐに吹いてしまった。
こういうことも、たまにはあるものだ。
(おわり)
雨粒が叩くは 白部令士 @rei55panta
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