いつもラノベを借りていたら図書委員の女子に声をかけられた話

ふつれ

第1話

 さて、初対面の人とお互いに自己紹介しようとなったときにありがちなトークテーマとして、趣味の話というものが挙げられる。初対面での印象はその後の人間関係に響いてしまう可能性があるので、しっかり考えた上で正解を言いたいところだ。しかし、初めて会った人間に対して言っても当たり障りのない趣味、というのは考えてみると難しい。まさか、バカ正直に「アニメを見るのが趣味です~」なんて言えないしな。最近はオタクに対する偏見も少なくなっていると聞くし、思い切ってカミングアウトしてしまっても、その後の対応を誤らなければさして問題はないのだろうけれど、そんなリスクを犯せるほど、こちとらコミュ強ではないのだ。本当なら、初対面の人と話すこと自体御免被りたいところなのである。

 そんなこんなで、結局のところ「読書ですかね~」なんて答えることになる。実際のところ、幼い頃から外で遊ぶよりは家で本を読んでいるようなタイプであったし、現在だってラノベを嗜んでいるのだから、決して嘘を吐いているわけではない。まあしかし、別に昨今の売れ筋の小説を読んでいるわけでもないので、ここから話が広がらないって言ったらありゃしないのだが。やっぱり、趣味の話は自分からはしないに限る。

 今日は高校二年生になって初めての登校日。そしてその放課後。図書室で、次に読むラノベを物色しているところであった。この学校は、意外とラノベの品揃えが良くて助かる。

 さっき教室でやった自己紹介の、毒にも薬にもならなさを思い出して軽く自己嫌悪に陥ってしまうが、まあ趣味は読書にしておいて正解だっただろうな。今もこうして図書室にいるわけだから。

 結局、俺の妹がどうたらみたいなタイトルのラノベを何巻か手にとって、貸し出しのカウンターに向かった。本のバーコードを図書委員の女子のほうに向けて置く。

「ところで、君」

 突然、その女子から話しかけられてビビった。

 手元に向けていた視線を上げて、その女子の顔を見る。去年から図書室で何度も見かけた顔だった。そして、僕はこの女子と今まで一度も話したことはなかったが、それでも名前は知っている人だった。というか、このお方を知らない人は同学年にはいないだろうという有名人なのだ。名前を有栖川奈々と言って、定期試験は常に学年トップ、おまけに美人で品行方正と来る完璧超人である。

 そんな天上人が一般平民であるところの僕に何の用であろうか。

 その先の言葉は、僕が促すまでもなくすぐに続いた。

「『青春』の対義語って何か知っているかい?」

 あまりに藪から棒なので、無視して立ち去ってしまおうかと思った。しかし、彼女が僕の借りようと思っていたラノベを握って離さないので、それもできない。俺の妹が人質に取られてしまったよ!

「知らないけど……」

 仕方がないので、可能な限り最小の言葉数で返す。

「『白秋』と言う。一生の中で、人間的に落ち着き深みの出てくる年代、主に中年期を指す言葉だ」

「はぁ」

「私たちも、それくらいの年齢になったときに、今を振り返って、『ああ私の青春時代はとても華やかで充実していたなぁ』と、楽しい思い出として思い出せるようでありたいと思わないかい?」

「はぁ」

「そこで君を見込んでの相談なのだが。私の取材に付き合ってくれないかな?」

「はぁ」

 ――って、

「ええ?????」

 またもや突然の飛躍に、頭の中は疑問符で埋め尽くされたし、うっかり口から五個くらいこぼれてしまった。

「何を隠そう、私はライトノベルが大好きで、実は作家を目指しているのだ!この本だって何度読んだことか……!」

 そう言いながら、彼女の俺の妹を握る手には力が入っているようだった。

 え~マジ?あの有栖川奈々が……?

 普段の様子からはとても想像できない話だった。というか、こんなにグイグイ来るのもあまりイメージにない。

「そして、良いライトノベルを書くには、やはり経験というものが欠かせないだろう。しかし、残念なことに、私にはライトノベルで読むようなキラキラした青春の経験がない……」

 ほとんどの作家さんはそうなのではないだろうか(失礼)

「だから、君には、私が青春を味わうのに協力してほしいのだ。一緒に青春のリアルを見に行かないかい!?」

 な、なるほど。それが取材というわけか。

 でも待て。まだ全ての飛躍は埋められていない。

「いや、そもそもなんで僕なの?」

 僕の問いに対して、何をそんな当然のことを、と言わんばかりの顔をした後に、彼女は胸を張って答えた。

「君、いつもここでライトノベルを借りていくじゃないか。選ぶタイトルも私の趣味と合っている。取材の協力を頼むなら、君のような専門家が適任だよ」

 いやいや専門家って……

 丁重にお断わりしたいところだったが、どうやら僕がOKと言うまで俺の妹を渡すつもりがないようで、結局断り切れず今週末に取材に行く約束を入れられてしまった。

 何だこれ。



 何だかんだあって、約束の日になった。最初こそ、休日に訳分からない予定を入れられて不満だった僕であるが、改めて考えると、これはかなり幸運なことなんじゃないかと思えてきているのだった。経緯は何であれ、学年一の美人と二人で出かけるのである。これはデートと言っても過言じゃないぞ。

 しかし、キラキラした青春を味わいたいというなら、明らかに人選ミス感は否めないんだよなぁ。もっと遊び慣れた人を誘うべきだっただろう。

 昼下がり、駅前の集合場所にやってきた有栖川奈々は、当然のごとく私服だった。僕にファッションを語る語彙はないので割愛するが、端的にいえば可愛い。

 早速、†ラノベの専門家†として、デート集合時あるある「ヒロインの容姿を褒める」というのをやってみようとしたが、やってみようとしただけだった。恥ずかしすぎて何も言葉が出てこない。何か言いたげな僕の様子に首をかしげながら、彼女は僕を連れて目的地に向かう。今日は、彼女の取材なので、全ての行程は彼女に任せてあった。

 そうして着いたのはボウリング場。ついでにゲームセンターも併設されている。ボウリング場がラノベあるあるなのかは甚だ疑問が残るが、うちの近所にある高校生の遊び場と言えば、きっとここになるのだろう。遊びに行く友達がいないので知らないが。

 しかし、僕がボウリングやったのなんて小学生の頃家族とやったのが最後だ。彼女の期待に応えられるのか不安が募る。

 受け付けも済ませ、各々ボールを選ぶ。僕はもちろん、彼女も慣れていない様子で、何だかぎこちなかった。準備が終わって、いよいよゲームを始める段になった。投げるのは彼女からだ。

「ボウリングはやったことあるの?」

テキトーに話題を投げかけてみた。

「いいや。これが初めてだね」

 薄々そんな気はしていた。これは、初心者同士の低レベルなバトルが見られることだろう。

「でも、大丈夫だ。ボウリングは数学だからな。ボールを投げる位置と、レーンの真ん中あたりに描かれている三角のマークと、あとは倒したいピンの位置、これらの関係を三角形の相似だと思って投げれば……」

 彼女はぶつぶつ言いながら投球姿勢を取る。

 そういえば彼女は完璧超人であったことを思い出した。案外なんでもそつなくこなしてしまうのかもしれない。期待のまなざしで、彼女の放ったボールを見つめる。

 結果は――

 ボールはあらぬ方向に曲がっていってガーターに落ちていった。

「な、なんと……」

 がっかりする様子の彼女だった。

 それから僕も投げて、やっぱり大してうまく行かなくて、五ピンくらい残ったりするのが続いた。お互いボロボロの出来で、お互いに苦笑いが止まらない。

 それでも励ましあって、彼女も一回はスペアを取れたし、僕もストライクを出せた。これがキラキラした青春だって……?笑っちゃうな。

 


 それからゲーセンでクレーンゲームや音ゲーなんかも一緒にやったりして(それらも大してうまくなかった)、時間が過ぎていった。気づけば帰る頃になっている。

「いや~、しかしボウリングは本当にダメだったね」

「う~む。今度は物理学まで考慮してボールを投げるようにしよう」

 大真面目な顔で彼女は言う。冗談なんだか本気なんだか分かりづらい……

 二人でゲームセンターの外に出ると、町並みは夕日に染まっていた。その景色に、ふと昨晩調べた短歌が思い出される。これは良いタイミングだなと、そのまま呟いた。

「春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと外の面の草に日の入る夕」

 ドヤ顔で彼女のほうを見てみるとポカンとしている。これはしてやったりかな。

「北原白秋だよ」

 昨日覚えたばかりの名前を自慢げに言うのもどうなんだという話だが、まあ許して欲しい。

「いやそれは知っているが。どうしてまた急に」

 ――え、知ってたのか。流石というか何というか。

 一転して急に恥ずかしくなってきた。

「有栖川さんがこの間白秋の話をしたから、それに被せてみたんだけど……」

 この間の意味不明なクイズの意趣返しのために、わざわざ昨日の夜ネットで色々調べたのだ。しかし、これはひょっとしたら滑ったというやつかもしれない。慣れないことはするもんじゃないな……

 いたたまれなくなって、彼女から視線を外して前を見た。しばしの沈黙。

 しかし、

「あはははっ」

 彼女が急に噴き出した。

「な、なんだよ」

「いや、君は面白いな」

 笑いすぎて涙が出てきたのか、目元をぬぐっている。

 そんなに笑うことないじゃないか。先に訳分からないことしてきたのはそっちなんだし。

「私が急にあんな問題を出したのはな。何とかして君を引き留めたかったからなんだ。どうすれば君の興味を引けるか分からなかったから、仕方なく脈絡のない問題を出してみた」

 彼女は恥ずかしそうに笑う。

 ふ、ふ~ん。

 夕日のせいか、自分の頬が熱くなるのを感じた。

 再び沈黙が降りる。ようやく自然に話せるようになったかと思ったが、こういうとき何と返せばいいのか分からない。せっかく取材相手として頼ってもらったのに、結局良いところは何も見せられていない気がするな。

 しばらく歩いて、また駅前までやってくる。ここで解散だ。

「今日は付き合ってくれてありがとう」

「いえいえ。ずっとグダグダだったけど、こんなので取材になったのかな……?」

 こんな聞き方をすれば誰でもフォローしてくれるのは見え透いている。我ながらズルいと思った。

「うん、そうだな。確かに、とてもライトノベルで読むような青春ではなかったかもしれないが…… しかし、これこそが私たちなりの青春のリアルなのではないのかな。私は今日とても楽しかったし、今日の経験は間違いなく作家として糧になる」

 彼女は先程とは違って、穏やかに微笑む。

「だから、今日は本当にありがとう。そして図々しい話なのだが、良ければまた次も取材に付き合ってもらえないだろうか」

「うん、またこんな感じのでも良いなら」

 自分でも驚くほどすんなりと肯定の返事が出た。

「そう言ってくれて嬉しいよ。では、また、学校で」

 解散した後も、しばらく彼女の微笑みが頭から離れなかった。



 ちなみにこの後、取材でのやり取りをそのまま赤裸々に綴ったかのようなネット小説が彼女によって投稿され、僕はめちゃくちゃ恥ずかしい思いをするのだが、それはまた別の話である。

 

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