第5話 SIDE愛子①

私の名前は、宮下愛子。

年は25歳。

最近まで付き合って2年になる彼氏がいた。


名前は、鈴谷健吾。

年は36歳で会社の上司だった。


付き合ったきっかけは、入社して間もない頃に、仕事が不慣れで遅くまで会社に残って残業をしていた時がきっかけだった。

私は人にお願いや頼み事をすることが苦手だった。

そんなこともあり、一人で頑張らないといけないと思って、遅くまで残業することが多くなっていった。


今日も終電ギリギリかなぁと思っていたら、鈴谷さんが事務室に入ってきた。

最初は急に入ってきた男性に戸惑って警戒していたが、


「一緒にご飯食べない?牛丼で申し訳ないけど…。」


テイクアウトした牛丼を見せながら、苦笑いをしながら私に話しかけてきた。

最初は断ろうと思ったが、せっかく買ってきてくれたので一緒に食べることにした。


初めて話すのに、私はあまり緊張しなかった。

男性のガツガツくる雰囲気が苦手で、たいていの男の人には話しかけれないでいたけど、鈴谷さんにはあまりそんな印象がなかった。


「いつも遅くまでご苦労様。入社して間もないのにすごく頑張っているんだね。」


その一言に少し救われた気がした。

少なくとも頑張っている事を、この人は見てくれてたんだなと思うと目頭が熱くなってきた。

ご飯を食べてから、鈴谷さんに仕事を手伝って貰い、いつもより早く帰ることが出来た。


次の日、やはり仕事が定時までに終わらなかった。

今日も頑張らなきゃと思っていたら、いつもあまり話しかけてこない人が、


「ここまでは出来てるんだよね?じゃー私こっちのを手伝うね。」


今まではすぐに帰っていた人が、なぜか急に仕事を手伝ってくれた。

おかげで、いつもより早く仕事が片付き、早く帰ることが出来た。


次の日も、次の日も他の人が仕事のフォローに入ってくれて、仕事が早く終わるようになった。

みんなが、気付いていたのに今まで手伝わなくてごめんね。と言ってきてくれた。

私も無理な仕事なのにみなさんに悪いと思って今まで言えなかったことを話をした。


それから、会社の人間関係は上手くいくようになり、自然と笑えるようになった。

会社に入社して半年経つ頃に、鈴谷さんが私のことを周りの人に頼んで手伝うようにお願いしてくれた事を聞かされた。


今まで、男性には見返りを求められてばかりだったのに、見返りも無くこんなことをされたのは初めてだった。


それから、少しずつ彼の事が気になり目で追うようになっていった。

言い方が悪いけど、彼は目立たない。

いつも彼は、あまり人がやりたくないような仕事ばかりしている。

だけど、彼が居なくなれば仕事が回らないと思う。


休憩室で彼と一緒になった時に、入社したばかりの頃のお礼を言った。

彼は首を掲げ、


「あー牛丼のこと?全然気にしなくても良いよ。」


彼はどうやら少し鈍い人らしいことが解った。

だから、生まれて初めて私から男性に好意をぶつけていく決意をした。


彼は粘り強く、なかなか恋人になることを了承してくれなかった。

年が離れてる、俺じゃ釣り合わないと言い、いつも私の好意を受け流していた。

アタックして半年後にようやく彼と付き合う事が出来た。


健吾さんと付き合ってもうすぐ2年になる。

記念日に何をプレゼントしようか悩んでいたとき、健吾さんの可愛がっている後輩から時計を欲しがっているのを聞いた。


健吾さんの後輩が、いつもお世話になっているので時計を探すのを手伝いたいと言ってきたので了承した。

いつもは休みの日は健吾さんと一緒に過ごすが、今日はプレゼントを選びに行くので、外せない用事があると断って、健吾さんの後輩とショッピングモールで待ち合わせをして時計を探した。


健吾さんの喜ぶ顔を想像すると自然と顔がにやけてしまう。

健吾さんの後輩からは散々おちょくられた。


付き合って2周年の日、彼とディナーに行くことになった。

時計喜んでくれるかなとドキドキして待っていたら、健吾さんがきた。

嬉しくなって彼に近づくと、いつもと違う様子に気付いた。


いつもなら太陽のようにポカポカした雰囲気なのに、今日は彼の表情が曇っていた。

せっかくの記念日なのに、健吾さんの表情は晴れることがなかった。


外に出ると、雨が降っていた。

私の気持ちまでどんよりしてきた。


健吾さんが大事な話があると言ってきた。

嫌な予感が頭をよぎる。


「俺たち、別れよう。」


何を言われたか、理解することが出来なかった。

何度も、何度も、どうしてなのか聞き返した。


「他に好きな人が出来た。」


彼は苦虫をかみつぶしたような顔で私に言った。

私はそれを聞いて、目の前が真っ暗になった。

どうやって家に帰ってきたかも解らないくらい。


その日は寝られなかった。

鏡をみると酷い顔をしている私が映っていた。

それでも会社は休めないと思い、いつもより化粧を厚くして会社に向かった。


会社に着くと、みんな悲しい表情をして私の顔をチラチラ見てくる。


「どうかしたんですか?」


みんなハッとした顔になり、またすぐ悲しい表情に戻し、私に意味の解らないことを言ってくる。


「鈴谷さんが昨日、交通事故で亡くなりました。」




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